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会えない間に、気になることが出てきた。オグとオレのやり取りはすべてラインで行っているのだが、会話の始まりはいつもオレからなのだ。たとえば、夜に会話が終わるとする。


翌日、忙しくてほったらかしにしておいても、オグからは何の連絡もない。こちらから送るのも負けた気がするのでそのままほっておくと、次の日も音沙汰ナシ。

業を煮やして〈元気ですか?〉と送れば、ようやく〈はい、赤澤さんはどうですか?〉
と返ってくる。これってオカシクないか? 


普通、気に入った男になら、自分から連絡を取りたがるものじゃないのか? 
どうにも気になる。中間カードを10枚ももらう彼女のこと、他の男とも連絡先は交換しているはず。デートにだって次々と誘われてることだろう。それらの誘いをこなしてイイ気になっているのでは?オレも大勢の男の1人に過ぎないのでは?


この推理を証明するため、わざとこちらからラインを送らないという実験をしてみることにした。結果、5日経ってもオグはまったく連絡をよこしてこなかった。6日目にオレがしびれを切らして次のデート日を確認したら、ようやく
〈はい、お願いします〉と返ってきただけだ。まぁ、そうは言っても美人を手放すわけにはいかないので、二度目のデートもおしゃれな店を選んだ。東京タワー近くのイタリアンだ。食後にタワーに登って、手でもつないでやろう。シャレた店内でいきなり尋ねてみた。


「パーティでモテてたみたいやけど、他の男とは会ってないんですか?」
「会ってないですよ。赤澤さんだけです」
「でもラインなかなか来ないじゃないですか。面倒なのかなと思って」
「そんなことないですよ。待ってますから送ってください」
ふーん、そうなのか。性格が「待つ」タイプなだけなのかもな。あるいはオレがおしとやかちゃんがタイプだと聞いて、わざと控えめにしてるだけかも。イタリアンを食べ終え、東京タワーに誘ってみた。が…。
「高いところ苦手なので。ごめんなさい」
そう言われればどうしようもない。他に行くアテもなく、そのまま解散となった。
その数日後、宮崎に出張したときに土産を買ってきたので、渡す口実でデート日を決めようとラインを送った。


返事は以下のとおりだ。
お疲れ様です!
今日は会社の飲み会で今電車です。少し飲みすぎたみたいで頭が痛いです。赤澤さんはお元気ですか?お土産買っていただいたんですか?ありがとうございます!私もお会いしたいのですが、ちょっと今後の予定がどうなるか分からないのでまた改めてご連絡させていただいてもよろしいですか?
今までにない長文。


『お会いしたい』の文字。これは期待が持てる!
あの長文ラインからすでに9日が経った。『また改めてご連絡を』と向こうが言っている以上、せっつくのもカッコ悪いからとずっと待っているのに、この仕打ちだ。
オグよ、いったいどういうつもりなんだ。


昨年12月の頭に、ついにこのオレに彼女ができた。オグ30才。11も歳の離れたオレを選んでくれたお釈迦さまのような女性だ。が、彼女ができたとはいえ、今の段階では口約束にすぎない。身体が結ばれてこそ、ホンモノの恋人と言えるだろう。
それについてオレには、長年の夢があった。温泉で初めて肉体関係を持つという、全世界中の男が望むであろう究極のシチュエーションだ。


ラブホテルのような、窓もなく、空調の音ばかりが響く環境ではなく、かといって自室のような殺風景な場所でもなく、温泉旅館のあの雰囲気で結ばれたいのだ。彼女ができれば必ずかなえたい夢として、もう20年もあたためていた計画だ。幸い、もうすぐクリスマスがやってくる。イブに温泉旅行ってのはどうだろう。オグは乗ってくれるだろうか。 ラインで探りを入れる。


〈クリスマスはどうしますか?〉
まさか友達と食事だなんて返ってこないだろうな。
すぐにリターンは来た。
〈どうしましょうか?〉
よかった。恋人のつもりでいてくれてるようだ。間髪入れずに攻める。
〈24日に温泉とか行きませんか?〉
対する返事は、
〈はい、空けておきます〉
マジか!空けておくってか! 


男と温泉に行くって意味をわかってるんだろうな。湯船につかって帰るわけじゃないんだぞ。こうなればすぐに宿の手配だ。箱根、熱海、伊豆と、よさげな場所を調べて回る。さすがに混浴は刺激的すぎるだろうから、オーソドックスな温泉でいいだろう。


……ない。イブはどこも満室だ。どいつもこいつも聖なる夜にスケベなことばかり考えてやがるようだ。ならば長野方面はどうだろう。…あった。軽井沢、一泊1人4万円の宿だ。2人で8万円か。プラスしてレンタカー代や高速代、ガソリン代、途中のSAでアメリカンドッグなんかも買ってあげるだろうから、12万ぐらいは飛んでいくな。まあここは初期投資するしかない。11コも年下の彼女なのだ、太っ腹なところを見せてやろうじゃないか。よし、予約だ! 


その日から綿密な計画を練った。出発は24日の昼ごろとして、夕方には宿に到着。もちろんまだ襲い掛かったりはしない。まずはそれぞれバラバラに温泉だ。オグは入念に体を洗うことだろう。もちろんオレもすみずみまでキレイにしておかねばならぬ。おっと、ゴムのことを忘れていた。出発の前の日に0・01ミリを購入しておこう。
風呂上りもまだ襲わない。のんびり食事だ。オグの濡れ髪はどんなだろう。さぞかしいい匂いがするにちがいない。 
食事を終えてからもう一度温泉へ。このあたりで興奮はマックスに達するだろうが、勃起しないよう注意せねば。男湯とはいえ勃起してれば変態だ。そして部屋に戻ったところで、しめやかにコトを行おう。


0・01は枕元に隠しておけばいいな。ただ、オグは大切な彼女なので、セックス描写は書きません。どんなアクロバティックな内容になろうとも、いっさい触れるつもりはないので、そのあたり期待しないでいただきたい。
クリスマスまでの週末は仕事が忙しいこともあり、オグには会えず、ラインだけのやりとりが続いた。
そしていよいよ、イブを翌日にひかえた23日の夕方。レンタカーの手配も終え、最終確認をオグに送った。
〈明日はどこ集合にしましょうか?〉
リターンがあったのは夜のことだ。
〈風邪をひいてしまいました。旅行キャンセルできますか?〉
はぁ〜〜? 風邪だと?風邪ぐらい温泉に入って治せよ!ふつふつと沸き上がる怒りを、冷静に鎮める。いかんいかん、ここでキレたら台無しだ。
〈インフルエンザですか?〉
インフルならあきらめてやるけど…。
〈違うんですけど頭痛がひどくて。本当にすみません〉
違うのか。ただの風邪でキャンセルかよ。仮病だろうか。男女の温泉旅行がどんな意味を持つのか、それまでは軽く考えていたオグも、直前になって怖気づいたのかもしれない。夢が音を立てて崩れてゆく。いきなり温泉なんて、オレにはとても無理な試みだったのか。仕方ない。あわてて宿にキャンセル連絡だ。前日なら何%取られるんだろうか…。
「キャンセル料は50%となります」
ガーン。何もしてないのに4万円も払うのか。ショックがでかい。4万円あれば都内でいいディナーでも食べて、部屋で初セックスという流れもあったのに。最初からその予定ならオグも風邪をひかなかったかも(仮病だとすれば)。
ショックのため、イブ当日はオレも体調がすぐれず、そのまま年末年始もオグには会わず、実家でいつものような年越しを迎えたのだった。

 

年が明けてからようやく、オグから体調が戻ったとラインがあった。
旅行のドタキャンで信用を失墜させた彼女ではあるが、まだ連絡をくれるのだからムゲにしてやるのは酷だ。さて、こうなればリベンジ旅行を計画せねば。温泉で初めて結ばれる夢を叶えるためにも、ここはうやむやにはできない。
〈治ってよかったですね。旅行は残念だったけど〉
チクリと嫌味を込めてラインを送ると、向こうから提案がきた。
〈この前はすみませんでした。2月の頭なら週末空いてます。そのときに温泉どうですか?〉
よしよしよし! やっぱりオグも最初は温泉で結ばれたかったのか!が、「どうですか?」と誘っているのは向こうでも、計画を立てて金を払うのはオレの役目のようで、行き先や予約などはすべてお任せするとのことだ。本当なら前回のキャンセル代4万円も返してほしいところなのに…。


いざリベンジ温泉として選んだのは、長野県の某所だ。なかなか予約できない人気ホテルとして知られ、値段は1人1泊3万円。雪道が怖いので新幹線を使うとして、全部込み込みで9万円ほどの出費となる。もし今度もドタキャンされたら5万ほどが飛んでいく計算だ。が、さすがに二度もキャンセルはないだろう。こっちだってそこまでお人よしじゃない。もし風邪だインフルだと言い出したら、今度こそキャンセル料はオグに払わせてやる。めでたく当日になった。そう、ついにドタキャンもなく、この日がやってきたのだ!
昼の東京駅に、荷物を抱えてオグがやってきた。
「寒いですね。カイロ使いますか?」
貼るカイロをバッグから取り出して手渡してくるオグ。可愛いじゃないか。腰にでも貼らせてもらおう。一方のオレがカバンに潜ませているのは、マツキヨで買った0・02コンドームだ。6個入りなので一晩用には十分すぎだろう。
北陸新幹線の座席に並び、長野を目指す。我が人生を振り返っても、こんな旅行は初めてのことだ。世間の男たちはこんなに楽しいことをしていたのか。いや、オレのほうがワクワク感は大きいだろう。だってまだ肉体関係のない相手と温泉に向かってるんだから!車内で話題につまったところで、担当サトウ氏からの依頼を思い出した。世のモテない男が参考にするため、オグに聞いてほしいことがあると言われていたのだ。
それは、『なぜ赤澤を選んだのか?』だ。婚活パーティで10枚もカードをもらう彼女が、なぜ11才も年上で不細工な男を選んだのかを聞いてくれという。「あの、なんでオレと付き合ってくれることにしたんすか?」
さりげなく尋ねてみたら、オグはまず、パーティでガツガツしてないところが良かったという。
「ぐいぐいこないのでゲイなのかと思いました」
さらにパーティ後、喫茶店に行ったのも大きかったそうだ。一緒にいた人見知りのお姉さんも邪険にせずしゃべってくれたところが好印象だったのだと。
「そんな感じですね。赤澤さんはどうして私なんですか?」
「え、それは可愛いからですよ」
「やめてください。可愛くなんかないですよ」
いやいや、長澤まさみには遠く及ばないけど、なかなかのもんだと思うぞ。面食いのオレが選んだぐらいなのだから。
以降の旅程は一気にすっ飛ばす。というのも夜中に起きた大事件まではたいしたことは起きてないからだ。


夕方ホテルに到着し、男女別の温泉に入り、食事をして酒を飲み、また風呂に入ったりして、いよいよ問題の夜中だ。ベッドが二つ並ぶ洋室で、浴衣姿の2人は仲良く寝転がった。おもむろにおおいかぶさり、まずはキス。控えめに終わらせたところで、ブラジャーのホックを軽やかに外す。そして胸を揉み始め、至福の時を味わっているそのとき、突如オグが口を開いた。
「引かないでくださいね」
「え?」
「引きませんか?」
「どうしたん?」
 しばらく間が開いた。
「私、この歳なんだけど、まだしてないんです」
 してない…。処女?
「体験がないってこと?」
「はい」
 おかしいな。最初のころ、束縛系の彼氏がいたような話をしてたはずなんだが。
「昔の彼氏とは?」
「してないです、途中までしか」
途中って何だろう。セックスもしてないのに束縛する男なんているんだな。よくわからん。それにしても、どうして30才まで処女なんだ。まさか肉体関係=結婚みたいな考えなのか。だとしたら厄介だぞ。
 この赤澤慎吾、モテはしないが、かといって今すぐ結婚を決意できるほど焦っているわけではない。婚活パーティに行けばいずれまた誰かとカップルにはなれると思っている。そういう意味では、ここで無理して結ばれる必要はないわけだけど…。
いったん胸を揉むのを止め、並んでベッドに寝転がった。
「やっぱり引きました?」
「いや、引いてないけど、なんでか
なと思って」
「ですよね。なんででしょうね」
ポツリポツリと語った内容をまとめると、自然に〝その機会〞がくればいいかなと思って生きてきたが、なかなか自然なタイミングがなく、彼氏ができてもグイグイ来られるとその気になれず、そのままお別れ、ということを繰り返してきた、ということらしい。ちなみに例の人見知りのお姉さんもいまだ処女だそうだ。
なんとなく辻褄が合った気がする。オグがオレなんかを選んだのは、男っぽさがなかったからなのでは? 自分がその気になるまで待ってくれそうな匂いがあったからでは? 昼に言ってた「ゲイ」うんぬんもあながち的外れな理由ではないようだ。


しかしどうだろう。こうやって温泉に来てベッドインしているわけだから、今夜はその〝機会〞とやらと考えていいはずなのだが。もういっかい攻めなおすか。
と、思い悩んでいたら、先手を打たれた。
「もしできれば今度でもいいですか?」
「うん、いいよ」
あっさりOKしてしまった。ここで焦って手を出そうとしたら、歴代の彼氏のようにフラれてしまうかもしれないじゃないか。
翌日は酒蔵などを見学し、東京に戻った。カバンに入れたままの0・02の封が切られるのはいつだろう。

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