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英語講座で見つけた枡田さんと、どんな手を使ってでも付き合いたいと考えたオレは、ある行動をとることにした。なんとかお近づきになろうじゃないかというわけだ。声かけを無視されるなら、残るは手紙しかない。問題は文面だ。さて、どういう内容がいいのだろう。同じ授業を受けている同士、共通の話題に触れておくのが正解かと思うのだが。

翌土曜の授業中、枡田さんの後頭部を眺めながら案じていたところ、あるラッキーな出来事が起きた。講師が、偶然にも枡田さんを指名し、出身地はどこかと質問したのだ。
彼女が発した答えは、広島県だった。 広島県。さすがカープ堂林の嫁にそっくりなだけはある。とにかくこの情報は手紙に盛り込んだほうがいいぞ。授業は残すところ今日を入れて3回のみ。ゆっくり文面を練りに練って、来週の授業後にでも手渡すとしよう。うまくいけば最後の講義は隣に並んで聴くことになるかもしれない。その夜から、手紙の文面作りが始まった。共通の話題である『英語』と、彼女の出身『広島』に触れ、しかもさわやかな印象を与える内容は…。翌日も、その翌日も、書いては破り捨てを繰り返し、推敲に推敲を重ねて、ついに中身が完成した。結局、広島に関してはお好み焼きというキーワード一点で攻めることにした。あまり広島広島と連呼するよりも、このさりげない感じのほうが効果的だろうとの計算だ。さあ、来週の授業のあとで渡すぞ。土曜日、授業が終わるやドアの外で待機し、枡田さんが通るのを待った。来た。来たぞ。よし、今だ。「あの、これ」と手紙を差し出す。「はい?」
「ちょっと読んでほしいなと思って」「はぁ」 素っ頓狂な声を出した枡田さんは礼も言わずに、小走りで屋外へ出て行った。オレはオレで、顔面が紅潮しているのが自分でもわかるほど全身カッカと燃えている。とにかく賽は投げられた。あとは連絡を待つのみだ。
その日、返事は来なかった。想定内だ。あの子は、手紙をもらっていきなり飛びつくような軽々しい女じゃない。しばらく寝かせるつもりなんだろう。翌日(日曜)もなかった。その翌日(月曜)も。さらに翌日(火曜)も。水も木も金も、まったく音沙汰はなかった。無為に一週間が終わった。もう土曜である。よもや彼女、手紙の返事は手紙で、という古風な考えの持ち主だったりするのか。そんな小さな可能性にかけて、授業へ向かった。教室前の歓談スペースに、枡田さんの姿があった。 そしてその横に、ロバのような顔をした男がぴったりくっついて座っている。誰だ、あのロバ?
やや離れたところで様子をうかがう。2人は顔を寄せ合うようにしながら談笑し、いまにもキスしそうな勢いだ。ずっと指をからめてるし。え?彼氏かよ!なんで彼氏がここに!今まで一度も来たことなかったくせに!お前、この講座受けてないだろうよ!
2人はときおりオレのほうを見ながら、ヒソヒソ声で何かしゃべっている。
(ほら、あいつだよ。手紙渡してきた男。キモくない?)
(あのおっさんか。なんだよ、あの勘違いオヤジ)
読唇術を使えないオレにも、ヤツらの会話内容は手に取るようにわかった。この状況、要するに手紙をもらって恐怖感を抱いた彼女が、ボディガードとして恋人を連れてきたってことだ。なんなんだ、このオチは。あれだけ悩んで書いたのに、この仕打ちはないだろ!なんであんな可愛い子がロバみたいな男とくっつくんだ。セックスもしてやがんのかよ。くそっ、くそっどれほど呪詛のことばを吐こうと、日本は死んでくれない。ならばオレが死ねばいいのか。いや、もはや我が身は生物学的にこそ生きているが、オスとしては死んだも同然だ。返事すらもらえず、ロバ男にバカにされるなんて…。 
ロバショックから立ち直るのに1週間の時間がかかった。しょせん女なんてものは、卵子が一匹の精子しか受け入れないように、先に関係してしまった男を優先してしまうのだろう。だからロバよりいい男が現れても見向きもしないのだ。いわば、オレがロバに負けたんじゃなく、枡田さんに柔軟性がないだけのことだ。という論理によって、ようやく立ち直ったのである。気持ちをリセットし、今度はケイコとマナブによく載っている、習い事の1日体験講座に申し込み、そこでの出会いに期待することにした。まったく毎度毎度、同じようなことばかりしているが、こうでもしなけりゃ出会いのきっかけがないのだからしょうがない。あれこれジャンルを見回った結果、マッサージのエステティシャン講座に目が止まった。1時間のみの無料コースだ。オレは暇さえできればオイルマッサージに通うほどのマッサージ狂で、特に抜きナシの店で登場するエステティシャンには、過去何度か一目惚れしたことがある。あの清潔感が好きなのだ。そんな職を志望する女たちも、これまたオレのタイプの子が多いに違いない。いわば青田買いのような形で、他の男よりも一足先にツバをつけ、卵子に精子をたどりつかせる作戦だ。週末の昼、現場の学校に一歩足を踏み入れるやアロマの香りが鼻をつき、遠くの部屋からは女性たちの談笑が聞こえてきた。まるで女の園にやってきたようだ。男が講習に来たことを不審がる様子もなく、受付の男性が中へ案内してくれた。昨今は男性エステティシャンも増えているので、不審ではないのだろう。談笑エリアにやってきた。うら若き乙女たちがお弁当を食べている。一緒に講習を受ける生徒たちか。いまパッと見ただけでも好みの子が2人はいたぞ。やはりこの業界、レベルが高い。
「ではこちらでお待ちください」
案内された部屋には、おかしなことに座席がひとつしかなかった。プロジェクターの前にポツンと一席のみ。どういうことだ?
「座ってお待ちください。まもなく始めますので」
え、オレだけなの?あっちで談笑してた子たちは来ないの? 尋ねるわけにもいかず、黙って席に着いた。なんだこれ。出会いなんかどこにもないじゃないか。プロジェクターを使ってマンツーマンで始まったのはエステ講座ではなく、エステ学校に入ればどういう進路があるか、授業料は幾らか、といった説明だった。いったいオレは何をしに来たんだ?下流老人になることを避けるため、株を始めたところ、最初、外国株を20万円分買っただけですぐに10万ほど得をした。調子に乗ってさらに80万円突っ込んだら、いきなり下がりに下がり、トータルで12万円も損してしまった。まったくアホらしい。女も金もモノにできないなんて。
学生時代の友人の実家に集まって夜通し飲もうという、ミョーな集まりがあった。オレの友人はムサ苦しい男しかいないので、色っぽさにはなんの期待もできないが、とりあえず顔を出すことに。夜9時に家に行ったところ、そこにいたのは見慣れた男が5人。が、中になぜか1人のブサイクな女性の姿があった。30代半ばってところか。誰かの奥さんとかカノジョとかではないらしい。じゃあ何者なんだ?
「あいつの友達だって」
あいつ、というのは友人のA。どこで知り合ったのか知らないが、Aのことが好きになりあちこち付きまとってくるそうだ。ワケがわからん。よくこんな集まりに来れるもんだ。彼女気取りってことなのだろうか。それにAも大した野郎だ。こんなブサイク、よく友人の前に連れてくる気になるよ。恥ずかしくないのか。不思議な飲み会は、深夜へ突入した。ブサイクが帰る気配はない。どころか、Aのそばを離れず、可愛くもない愛想をふりまいている。残りのオレらにすれば邪魔なだけだ。ビートルズのレコーディングにつきまとうヨーコみたいなもんじゃないか。深夜0時をまわり、ついに我慢ならなくなったオレはブサイクに向かって言った。
「終電やし帰りや」「え、でも見たいテレビがあるんで」
「そんなん見んでもええし、はよ帰り」「え…」
「だいたい、なんでここにいるのよ」「なんでって…」
「Aも迷惑がってるやん。好きなんやったら2人で会えばええんやし」「……」
急に黙ったかと思えば、そのままブサイクは涙目になり、のそのそと家を出て行ってしまった。重い空気の中、Aが口を開く。
「やっちゃったね」「ええやん、あんなん」
「あの子の友達、めっちゃ可愛いから飲み会しようとしてたのよ」「え?」「ほらこれ」スマホで見せられたのは、ブサイクのフェイスブックにしばしば登場する女友達たちで、なんと全員が本物のモデルだった。
「だから機嫌とってたんだけど、もうこれで終わったかもな」
なんたることだ。つまりオレがモデルと飲み会するチャンスもなくなったわけか。某大学が、社会人向けに英語講座を開いていると知り、申し込むことにした。英語力のひとつでも身につけておこうと思ったのだ。講座は毎週土曜日の午後からで、全8回。その最初の授業で、とんでもない幸運が舞い込んできた。隣に座った子が、カープ堂林の嫁さんになった枡田アナにそっくりだったのだ。年齢は20代後半か。正直、めちゃくちゃタイプだ。前々から言っているように、オレは出会い目的の場、たとえば婚活パーテ
ィなんかに来るような女を、心のどこかで軽蔑している。のでこのような、出会いとは何も関係ないところで偶然知り合う形をずっと切望していた。今回のオレは純粋に英語力アップのために通い始めたわけで、やはり神様はそういうピュアな男にプレゼントを恵んでくれるようである。枡田さんの指にリングはない。独身決定だ。これから全8回、毎回一緒に英語を学ぶうちに、いつか我々はペアリングをする仲になるものと信じたい。初回の授業が終わり、彼女は急ぎ足で教室を出て行った。 
次の土曜日、枡田さんはオレから遠く離れた席に座っていた。席が決まっていないので、毎回隣にはなれないのが問題だ。さあ、どうしよう。今日を除いて講座は残り6回。早めに関係を作るためにも、次回は隣に座ってなにげない会話をかわしたいところだ。そのためには先に教室に入ってしまうのはよろしくない。むしろ遅刻気味に登場して、一瞬で彼女の姿を探し出し、さりげなく横に座る作戦がよかろう。こんな不埒なことを考えている40男がいるとも知らず、枡田さんは講師の話を熱心に聴いている。あいかわらずの美形だ。どういう目的で英語を学んでいるんだろう。そんなトークもしてみたいものだ。次の土曜。わざと3分ほど遅れて教室に入り、すかさず枡田さんを探した。どこだ。あれか。違う。まだ来てないよ…。まさか向こうまで遅刻してくるなんて。しょうがなく、そのへんの席を選んで座った。もちろん期待を込めて、隣に誰もいない席にしておいたことは言うまでもない。枡田さんもオレと同じ考えでわざと遅刻してるのかもしれないんだから。 数分後に彼女が入ってきた。なんとオレの隣を素通りして、はるかかなたの席に座ってしまうではないか。これでもうはっきりわかった。
あの最初の授業で隣になったとき、彼女はオレに何の印象も持っていなかったことが。
かくなるうえは、帰り際にでも話しかけるしかない。いつも足早に去っていく彼女だが、どうせ駅に向かうに決まってるんだから、道で追いつけばいいのだ。
授業が終わった。枡田さんの動きを目で追う。教科書をカバンにしまい、教室の外へ。そのままスタスタと駅のほうへ歩いていく。早足で追いかけた。なんて声をかけようか。さっきの授業でわからなかったところでも尋ねてみるか。でも、向こうにしてみれば「なんで私に?」と感じるかも。なんで帰り道に追いかけられて質問されるの?と普通なら思うだろう。  じゃあ、第一声は何だ?
ここは勇気を出すところだろう!なんでもいいから話しかけろ!
ただいま枡田さんは、ほんの2メートルほど先を歩いている。手を伸ばせば届くほどの距離だ。よし、腹は決まった。第一声は「駅に行くの?」にしよう。オレも駅なんだよ、と続けて、そこからは英語の話題にでも持っていけばいい。距離を数十センチに縮めたところで、軽やかにしゃべりかけた。
「駅に行くの?」彼女は振り返った。しかし返事はない。「駅、行く?」
次は振り返りもしなかった。そしてそのまま目の前の喫茶店に入っていく。逃げられたのか?ひょっとして同じ講座の生徒だと気づいていないのか。2週間前に隣に座った男ということを覚えていないのか。今の動きはただのナンパと勘違いして逃げたようにしか見えないのだが。喫茶店の前をうろちょろしながら、オレも入るべきか悩みまくったが、講座はあと5回あるのだから次のチャンスを待とうという保留の結論に達し、そのまま一人で駅へと向かった。

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