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花粉暴れる春は、元々慢性鼻炎を患っている俺にとって最悪の季節だ。抗生物質を飲んでいるおかげでだいぶ改善されたものの、ただでさえ勃起力は弱い俺の場合、薬の副作用なのか、さらに萎縮してしまうから困りものだ。
去年のこの時期がそうだった。女と会って、誘うときの緊張感とホテルへの道すがらのドキドキ感はいつもどおり。服を脱がせ、キスをして、風呂場でフェラ。と、この段階でも気分は高まっている。しかし、ベッドでの前戯をピークに、肝心の挿入ピストンが始まり、あとは射精するだけかと思うと急に萎えてしまう。
「俺って尻の穴祇めてもらうと元気になるんだ」といってお願いしても、肱門に女の舌と唾液を感じているときはピンピン状態なのに、挿入段階になるとやはり同じ。いわゆる中折れっていうヤツだ。

バイアグラに頼る手もあるが、昨年末に体験したときの、自分の意思とは関係なく勃起する怖さと、性感が極端に減退したことを思い出すと、どうにも跨踏してしまう。そんな、俺に新人フーゾク嬢の体験取材を依頼された。
テレクラを始める前の十数年はフーゾクに狂っていたが、テレクラを知って以後は年に数回、お付き合いで池袋の性感か巣鴨のピンサロヘ行く程度だ。しかも、この時期の悪さ。立たなかったらどうしよう。取材どころか記事も書けない、みっともない。
が、予想に反して結果は上々だった。初日は人妻性感で、相手は入店1週間目の原千晶に似た若妻。テレクラに出没するしなびた古妻に比べ格段に肉質のいいシャープな尻と乳。スしていない浅めのキスと遠慮しがちに舌を這わせる技。ミラーに写る女の痴態。センズリを3日セーブしたせいか、仕上げのバキュームフェラであっというまに射精してしまった。萎縮の原因は薬の副作用でなく、どうやらデイリーオナニーが原因だったらしい。次はナースルック性感。「脱がない」「なめない」「入れさせない」の3ナイ性感で、なにが売り物かというと、男を言葉で責めるのだ。
「ケンちゃんのココっていやらしいわよ、ほらヒクヒクしちゃって」
なんてことを耳元で言われ、ナマ指で紅門とペニスを巧妙に刺激される。これが射精時まで続く。この店にはオプションでポラサービスがあった。といっても女を撮るのではなく、男が撮られるのだ。

自ら尻穴を拡げているポーズを撮られて満足する客が多く、小便どころか脱糞しているシーンも人気らしい。モノは試しと、俺も後背位の際の女のように尻を高くあげたポーズを撮ってもらった。正直言って、快感だ。ストロボを感じたとき、妙に自虐的な気分に襲われるのがいい。大事な秘密を打ち明けたときの、ホッとした安堵感とでもいえばいいだろうか。
「露出趣味があるみたいですね」
こう言ったのは、俺のハメ撮り写真を見た女性編集者だ。彼女によれば、普通この手の写真は男の体が入らないようなアングルで撮るものらしい。俺の場合は、意識したわけじゃないが、完全に自分が写っている。やはり、俺には露出癖があるのだろうか。

そのままテレクラにも久しぶりに行ってみた。隅田川を渡るのは年に数回ていど。途中のJR線から見た町並みは予想以上に整然としている。線路近くにポッポッとあるホテルの看板。いい予感がする。俺の年齢からいってコールは1本でもあれば上々と思って
いたのだが、入店して間もなく25才の美容師から電話があり、それ以降も続けてコールが来る。

理由はわかった。耳をすませていると「今日は初めて?、40代の人から回すネ」とフロントマンが女からの電話に応対する声が聞こえる。この店では客の年齢に厳密にこだわることなくコールを回しているのだ。
店の傾向は女にもわかっているとみえ、俺の実年齢をいっても驚かない。「ケイコです。友達から電話があって行けなくなったの、ゴメンなさい」
1本目の美容師からだ。たぶん他の男と約束がとれたのだろう。いやな気持ちはしない。スッポカシとは雲泥の差がある。昼飯ダレでコールが止まったあとの午後2時ころ、健康食品のセールスをしている30才の人妻メグミとアポがとれた。場所は錦糸町駅前。これまでセールスレディとは3人ほど会っている。が、そのほとんどが金がらみか押し売り。俺は「なにも買わないよ」と念を押して店を出た。
バス停横にある公衆ボックスの前にメグミはいた。小柄で細身のボディにグレイのスーツ。本人が言うとおり地味だ。前歯1本が半分欠けている。なぜかテレクラ女には歯の汚れた女が多い。

それも30代以上になると顕著だ。俺はキス好きなので困る。それにフェラチオにはおちょぼ口と白い歯がよく似合うものだ。しかしその他にはどこといって壊れたとこもなさそうだし。まつ、いいか。
「どこいく?」
「5時にいったん事務所に戻るから、それまでならご自由に」
あっけない尻軽人妻だ。マックでセットを買い込み、線路わきのホテルに入った。
「お願いがあるの。痩せるお茶買ってくれます?」
てりたまバーガーをほうばりながら女が言う。なんだ、やっぱりセールス目的じゃないか。これまで、みっともない腹がへこむなら、と杜仲茶、減肥茶、何種類も試した。それでも俺の腹は周囲1メートルから変化はない。そのことを言うと「じゃ、コンドームは」と金色の箱を取り出しす。サンプルを見ると仁丹より大きめのイボイボが数十個ついている。半ダースで2千円。
「エッチな写真撮っていいなら買ってあげる」
そう条件を出すと、女は「顔はダメよ」と言いながらもガードルを取った。巧妙に顔だけは隠しながらメグミがポーズを作る。尻はまともで性器のただれはない。経産婦にあ
りがちな痔もない。

女の尻と性器周辺だけに視神経を集中させ、勃起を待った。が、しなびた裸体をさらされただけでは、男は興奮できない。それを見て女が「感じるところをいって」と言う。わかっている女だ。
「全部だよ」
「世話のやける人ね」
首、胸、へそ、ペニス、玉を丁寧に吸われる。舌を入れてくるキスは遠慮して、脚を上げ虹門を露出。と、意味がわかったようで小指でタッチしたあと両親指で押し開けた虹門に舌をスルリと入れてきた。勃起したペニスを女に挿入する。心配した中折れはない。地味女の写真が撮れた満足感が作用したのかもしれない。「お願いしていい?」
「なに?」
「口のなかに出してくれる?」
イボイボゴムを外し女の口元へ。そして、指で虹門を刺激されながら、口の中に一気に射精する。一息ついた後、ティッシュに精液と唾液を吐き出し、女が言う。
「出るときのピクッピクッとした感じ。アレがいいのよ」この女、口腔に性感帯があるのだろうか。

ホテルを出るとき、ゴム代の2千円渡そうとすると「いいの、気持ち良かったから」と受け取らない。手に握らせると「これ飲んでみて」と小さなビニール袋をくれた。乾燥シイタケのクズみたいなものが入っている。アガリスク茸と書かれてあった。

エロに刺激を感じなくなってしまった男の不幸の物語

35才にしてひと通りの「スケべ」を体験したからだろうか、最近、めっきりエロに対し無関心になってしまった。境地に達したわけではないが、もはやエロいことなどどうでもいいやって心境。エロにおけるうつ病とでも言うべきか。

ひょっとしたら、歳相応に精力が衰えてきたのかと思ったが、そういうわけでもない。幸か不幸か、エッチの相手はたくさんいるし、女性との新たな出会いも多い。機会があればやることはやる。
が、しかし。相手変われどヤルことは一緒。本来なら心の中で広がるはずの満足感も充実感もなく、時にうんざりとした気分になることさえある。
つい最近まで「エロ万歳」と言い続けていた私が、いったいどうしたというのか。これを理解してもらうためには、過去の女性体験をじつくりと語らねばなるまい。
同時に複数の女性と付き合える性格が怖い言っても誰も信じないだろうが、かつての私は女性関係において、きわめて清純な男だった。愛が全てだの、君のためなら死ねるだのはさすがにないが、それに近い純粋な愛情を重んじるピュアな心を持ち合わせていたのは確かだ。今にして思えば、それは理想だけを追い求める、ガキの非現実的な考えに過ぎなかったのかもしれない。でも、その頃が恋愛が楽しく幸せだった気がする。それが大人になるにつれ、社会の汚さを知り、人間の醜い部分を理解していく。誰もがもっともらしくそう口にするが、それは現実であったとしても、決して理想ではあるまい。本当なら大人でも、愛が全てだと思いたいはずだ。そう思わない人間は、家庭だの仕事だのに拘東され、大人としてのつまらない概念に縛られたあげく、夢も希望も忘れ去ってしまうのだ。いつどこかで歯車が狂ってしまったのか、さっぱりわからない。

女性から愛されたいという思いと、エッチしたいという欲望がまざり合い、気が付けば手当たり次第に女性と関係を持つようになっていた自分。彼女がいても他の女性とエッチする。今では当たり前のことかもしれないが、私が高校生だった20年前は、いわゆるナンパでさえ珍しい時代。そんなころ、私は「こんなことやってていいんか」と思い悩みつつ、毎日のように女を求め街をさまよい歩いていた。

彼女だのセックスフレンドだのが数多くでき、とりあえずこの世の声とやらを満喫するのだが、同時に何人もの女性と調子を合わせられる自分の人格が怖くなってきたの事実。ひょっとしたら自分は相手の人生を狂わせてしまうのではと恐怖に怯えたぐらいだから、この頃の私はかなりマトモだったのだろう。こんなことでいいんだろうか。
自己矛盾に悩まされる生活は、20才になっても続く一方で、時代はそんな私の欲望を満たすかのように急速に変化を遂げる。テレクラなどの出現により、簡単に股を開く女の数が爆発的に増えたかと思えば、知人がテレクラ経営に乗りだし、客の入らない時間帯にタダで使わせてもらうこともしばしば。当時はまだサクラなどおらず、電話が入れば高確率で女をゲットできたものだ。女性の貞操概念とやらの崩壊が始まったのもこの頃か。誘えば簡単に付いてきて、即マンさせる女も珍しくなくなった。しかも、男の魅力など二の次で、乗っている車の魅力で釣れたりするのだから、簡単きわまりない。もっとも、そんなバカ女を非難する資格は私にはない。なんせ、当時は某外車に人気の国産車、大型のバイクからクルーザーまで買って(親に買ってもらったの)、女の気を引いていたのだから。

女は打算的で貧欲・意地汚い生き物
こうして、以前にも増して簡単に女とヤレるようになると、どんどんと自分の人格が歪んでいく気がした。やっているときは楽しくとも、後から思えば虚しいばかり。そんな感情はセックス以外でも湧き起こるだろうが、セックスは人間の欲望に直接結びついている分、己の心を傷つけやすいのだ。私の心の中には、究極の愛という理想と、セックスという欲望が混在しており、お互いが妥協を許さない。他人のことを考えないのは簡単だが、自分のことを考えないのは難しい。自分のことを考えないためには、誰とも付き合わず、孤独になる以外に術がない。

しかし、誰だって孤独にはなりたくはなかろう。私が出した結論は簡単だった。理想を捨て去って、欲望のままに生きればそれが一番ラク。本当にあるかどうかもわからぬ理想を追いかけて、果たして何の意味があるのか。もつ、あれこれ思い悩むのはヤメにしよう。人間、一度開き直ると恐ろしい。以降、私は手当たり次第に女とヤリまくり、その度に心の中を充実感で満たすようになった。

気持ちいい。それだけで十分じゃないか。今まで思い悩んでいた自分はバカ以外の何者でもない。愛という理想を捨て去った分、女性の心の内も見えるようになった。女性とは決して純粋ではなく、打算的で貧欲、意地汚い生き物。そうわかった時点で、私にとって女性は快感を与えてくれるだけの存在に変わった。それは私の心の中から完全に「理想の愛」が消えた瞬間といってもいいだろう。ヤレる女を探す方法も、どんどんとエスカレートしていき、時にはエロ系の女性誌に100通単位で手紙を出したこともあった。また、より強い快感を求めるべく、セックスフレンドの風俗嬢たちにあれやこれやのテクニックを披露してもらいもしたが、それも最初こそ気持ちいいものの、回を重ねるたびその快感が当然になってくるから困りものだ。では次に何に刺激を求めようかと、海外に女連れで行き、危ないクスリで感度向上を試みてもみた。が、これは完全に失敗。
フリーセックス教団の誤算
ハチャメチャな生活はさらに続く。緊縛、院腸などのSMプレーは日常茶飯事で、奴隷女を何人か飼い、自作でエロビデオも撮った。しかし、それでもまだ納得できない。というかすぐ飽きる。そこで、何か今までにやったことの無い、素敵なプレーはないものかと、書店で怪しげな本に目を通すも、興味が湧くようなものは見あたらない。結果、満足感もろくに得られないとわかっていながら、だらだらと女を引っかけてはセックスする日々が続いた。ヤラないよりはヤった方が楽しい。セックスしてれば、その間だけはつまらない日常のことを考えずに済む。そこから発想して、フリーセックス教団たる総本山を作った。

「快感こそが貴方を救う」というキャッチコピーを付けたのは、決して現実逃避ではなく、ひょっとしたら人との出会いによって、救われる心があったり、概念に縛り付けられた生き方から解き放される人もいるのではという期待があったからだ。女性とセックスできるという点においては、うまくいった。が、誤算だったのは、そこに集まった女性信者になぜかうつっぽい子が多かった点だ。そうした女と心の交流を持ち、悩み事などを相談される。それも心の病的なディープな問題。これは相当な重荷だ。他人の悩みが自分の悩みのように頭に刷り込まれていく。結果、活動はどんどんと適当になっていく。

しかし、どこか私に「相談しやすい人」という雰囲気ができてしまったのか、その後もやたらとうつな女性から好かれるようになった。病気としてのうつ病ばかりを想像してはいけない。人間誰しもが心の中にうつな部分を持っている。また、気分や体調によって、うつの部分が前面に出てくる人も多い。でも、私にとってはヤラせる女であれば、そんなことはどうでもよかった。どうせ女性だって、真実の愛など望んではいまい。セックスで満ち足りた人生。少しも悪くないじゃないか。これが私の生きる道なのだと確信した。気が付けば三十路になっていた。間違った生き方だからこそ面白いはずではないのかインターネットを始めてからも、女性との出会いは多かった。

特に策を弄したわけではない。チャットやメールで話しているうち、仲良くなるという変わらぬパターンだ。だが今年に入って、いきなり何かが違うような気がしてきた。途端にセックスがつまらなく、意味のないことのように思えてきたのだ。あまりにヤリすぎて飽きてしまったんだろうか。それともまだ刺激が足りないのか。業界では小沢ーロリコン説が根強いが、学生と寝たいとは思わない。可愛い学生を見ると、一度くらいなら…と考えなくはない。しかし、万がーにもそれでパクられて新聞に載ろうものなら、大笑いするヤツが5万人くらいいそうでイヤだ。
レ〇プだの略取、監禁、死姦は過去に…だし、もはや私にとってエロの新しい展望など無きに等しい。残された道は結婚・・、・・こっーん、冗談じゃない。干渉されるのが大嫌いな私の性格からして、結婚生活などイヤなことの方が多いに決まっている。私の生き方が間違ってるのか。いや、開遅った生き方をしているからこそ、人生が面白いはずだ。でも最近、こんな考えが脳裏をかすめる。どこかに真実の愛は落ちていないものだろうか。

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