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お見合いパーティ会場へ。その中に、やけに食い付いてくる女がいた。39才のヨウコさんだ。「その帽子取るとどんな感じなんですか?あ、そっちのほうがいいよ。かわいいかわいい」
三十半ばの男に向かって「かわいい」はどうかと思うが、この食い付きをスルーするのはもったいない。カップルになりましょう。パーティ終了後、一緒に会場を出たところで、彼女が声を弾ませる。「じゃあ、ゴハンでも行きますか?」
ノリノリですな。会場近くの居酒屋へ。39才という年齢は、婚活的には9回裏2アウト。さすがに悩みも多いらしい。彼女が語る恋愛論を聞くうちに、あっという間に2時間ほどが経過した。店を出たのは、夜11時だ。さてそろそろ壁ドンといきましょう。駅へ向かって歩いていくと、まもなく長い壁が見えてきた。何とか立ち止まらせたいが…。何気に体をくっつけてグイグイ押して行く。
「えっ、えっ、どうしたの?」「…寒いんで」「はははっ。センちゃん、かわいいー」
 腕を絡めてきた。こりゃいいや。ここぞとばかりにグイグイ押していく。彼女は壁のほうへ壁の方へ。と、そこでさっと腕が外された。
「ちょっ、ちょっと。ちょっとセンちゃん、何すんの」「…いや、冗談冗談」
やっぱり歩きながら壁に追い込むのは不自然か。
「もう〜センちゃん酔ってるんでしょ?」「いやそうでもないけど」
「もう明日もあるし、早く帰るよ」
 えっ? 帰る? いやいやこれからでしょ。「ヨウコさんは、もう帰る感じなの?」「そりゃあもう帰るよ。センちゃん何線?私は京浜東北だけど」
スマホで時刻表を見る彼女。何だかマジで帰るつもりだ。ちょっと待てよ。ちょうど目の前の大きな柱の前に立った。彼女をぐいっと押して、壁ドン!「帰んなよ!」どうだ?
次の瞬間、彼女の手がオレのアゴをアッパーカットのように突き上げた。
「仙ちゃん酔ってるじゃん。もう帰るよ!」「酔ってないよ。いや、お前に酔ってるかもな」
さっきまでヨウコさんって呼んでたのに、お前なんて言っちゃった。怒らないでね。と祈ってみたけれど、彼女はさっさと信号を渡り、バイバイと手を振って帰っていった。くぅ、9回裏2アウトの女にまでフラれるなんて。ところが翌日「昨日はありがとう」という内容のメールを送ると、「またゴハン食べに行こ」と返事がきた。まだ脈はある。再チャレンジと参ろう。約束の金曜、夜7時。新宿。待ち合わせ場所に、ヨウコさんは時間ピッタシにやってきた。
「あー、この前と帽子ちがうんだ〜。これもかわいいかわいい」
 あいかわらずノリはいい。今日こそはキメてやる。居酒屋へインだ。
「ヨウコさんは友達になんて呼ばれるの?」「ヨウコとか、ヨウちゃんとか」
「じゃあオレはヨウコって呼ぶよ」「わかったー」
昨日の「お前」はさすがにマズかったろう。今夜の最後の詰めのところでは「ヨウコ」を使うとしよう。「ヨウコと一緒にいるとなんだか落ち着くよ」
「ほんとー? センちゃん口が上手いよね」「ホントだって。あれからずっとヨウコのこと考えてたもん」「またまた〜」
2軒目はバーへ。さすが9回裏2アウトだけあって、きっちりお付き合いしてくれるところはありがたい。またもや辛気クサイ恋愛論を聞かされるうちに、期待通り終電がなくなり、バーを出たのは深夜の2時だ。「じゃあどうしようかな?」
もうアレを使うまでもない気がしてきたが、最後の詰めにかかるとしよう。手を握ろうとしたとき、彼女がすーっと大通りのほうに歩き出した。
「私はタクシーで帰るよ」マジか! ここで帰るって? 
イラっとした勢いで、そばにあった電柱に、壁ドン!
「帰さねーよ。オレ、今日はヨウコと一晩中愛を語りたい」「ちょっとあせり過ぎだって」
「そんなことないよ」「いやいや。とりあえずちょっとタンマ。下見て下」
オレたちが立っていたのはゴミ捨て場だった。げっ、しくじった。いったん冷静に戻る。
「ごめんごめん」「仙ちゃん酔ってるでしょ?」「いや、酔ってはいないけど…」「もぉ〜」
頬を膨らましているが、目は笑っている。怒ってはいない。もう1回チャレンジだ。ちょっと進んだ先に手ごろな電柱があった。よし、壁ドン!「ヨウコ、ゴミはもうないよ。オレの目を見て」
「もぉ何なのぉ〜、仙ちゃん。笑っちゃうんだけど」
「照れなくていいから。ヨウコの気持ちはわかってんだよ、顔に書いてあるし」
顔をぐっと近付けていく。「はいはい。もう帰るよ。酔っぱらいは嫌いだし」
そのまま一人でグングン歩いて行く彼女。なんでだよ!数日後のメールで彼女からこんなのが来た。
『壁ドンやってるのわかったけど、ああいうのは特別好きな人にされたいものだよ?』
舌打ちして、オレはボロアパートの壁をドンッと殴った。

もう一つ今時、ナンパで壁ドンは有効なのか

『壁ドン』をご存じだろうか。『ありのままで』や『ダメよ〜ダメダメ』ほど有名ではないが、2014年の流行語のひとつだ。一応説明すると、壁際で女が男に迫られるとき、壁にドンと手を突かれるシチュエーションのことをいう。
壁ドン。「オレの女になれよ」壁ドン。「他の男なんて見てんじゃねー」
みたいに、命令口調で口説かれるのが典型的なパターンだ。世の女どもは、ドラマや漫画なんかでこのシーンを見ると、胸キュンするらしい。こんな強引に口説かれてみたいわってなことのようだ。
ふ〜ん。壁に手を突くだけなら簡単じゃん。タダだし。壁ドン系のドラマだと、イケメン上司と新人OLみたいな組み合わせが多いようだが、あいにくオレにはそんな都合のいい相手はいない。ターゲットは新しく探そう。日曜、夕方、新宿駅前に向かった。休日のせいもあり、そこかしこの壁際に待ち合わせの女の子が立っている。まさに壁ドンしてくれと言わんばかりの状況だ。待ち合わせってことは、この後どこかへ行ってしまうのだろうけど、連絡先交換くらいはできるでしょう。目星を付けた女の子に近付いていく。「寒いね」「…そうですね」「ぼくも待ち合わせなんだけどね」
「…そうなんですか」
 無視ではない。ちょっと照れ笑いしてるし。さっそく一歩近づき、腕をすっと伸ばして壁ドン! 瞬間、彼女がビクっとした。「驚いた顔もかわいいじゃん」
 キマったはずだが、彼女はさっと下を向き、忙しそうにスマホを操作し始める。
「忙しそうじゃん」「……」「なあ、連絡先教えてみないか?」
 そそくさと逃げられてしまった。続いて、すぐそばの待ち合わせガールの元へ。
「寒いね」「あ…はい」すかさず壁ドン!
「寒い日は暖まりたいだろ?」「え…」
「でも待ち合わせしてるなら、連絡先交換だけでもいいと思うぜ」「ヒッ」奇声を発して走り去ってしまった。やはり待ち合わせ女は厳しいようだ。これからデートだ買い物だする前に壁ドンされても困ってしまうのだろう。なので今度はブラブラ歩いてる女に狙いを定めた。おっと、あのミニスカちゃんに行ってみるか。歩道をとぼとぼ歩いているところを、背後からそっと近づく。
「ちょっとオネーさん、ごめんなさい」「……」
無視だ。しかしめげてはいけない。歩道のすぐそばは伊勢丹の壁なのだから。前方に回って、通せんぼをする形で壁ドン!「いい脚してるじゃん」「やめてください!」
一蹴されちまった。どいつもこいつもまったく胸キュンしてないみたいだ。失敗したから言うわけではないが、ここまではウォーミングアップのようなものだ。やはり壁ドンは、ある程度打ち解けた関係じゃないと有効じゃないのだろう。

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