★★★TENGA発・専門医推奨の男性のSEXの強い味方の新商品★★★
☆☆専門医推奨オナニーしながら早漏改善☆☆

☆☆こちらはオナニーしながら遅漏改善☆☆
◎遅漏改善用TENGA◎
☆☆こちらは勃起力を改善☆☆
◎TENGA活力支援サプリ◎
1_20191128143502ef9_20200109185739540.jpg2_201911281435045e3.jpg3_20191128143505b89.jpg4_20191128143507fb4.jpg5_20191128143508bdb.jpg6_20191128143510c25.jpg

あなたの趣味はと問われれば、僕はそう答えます。週に2度も通っているのだから趣味と呼んで差し支えないでしょう。
とはいえその映画館、作品目当てに入場する人はまずいませんし、僕もまた然りです。そこは数多くのホモ男性が集い互いの肉体をむさぼり合う空間です。僕はホモではなくノンケですが、いつも館内でペニスをさらして彼らの慰み者になるのが理のときからの習慣なでのです。
何故にノンケが?わけがわからないとおっしゃる前に、少しばかり僕の学生時代の話を聞いてください。
そう、あれは小学6年生のときのことです。

「とおる-、これ校長先生のところに持って行ってくれるか」
と体育館や音楽室への用事のときには他の生徒でも、校長先生の元に行くときだけは必ず僕の名前が呼ばれるのです。クラスのみんなはその理由をわかっていなかったはずです。給食のパンが毎日1つだけゴミ箱に捨てられているように、新品のチョークが翌日には必ずボキボキに折られているように。校長先生の元を訪れるのが必ず僕であることも、なぜかはわからないけれどよくある教室での出来事の1つとして考えられていたのでしょう。

今振り返ってみれば、やはりあの体験は尋常ならざることと言っしかありません。柔順な少年を弄ぶ大人たち。担任と校長先生との間にどんな密約が交わされていたのかも、今の僕には想像することができます。
思春期を迎えたというのに声変わりもせず女の子のような顔をした僕は、おじいさん校長にとって格好の愛児となる要素を持っていたのでしょうか。そうです。校長室に行く度に、校長先生はうれしそうに僕の体を抱きしめ、元気か、と言いながら小さなおちんちんを取り出し、何度も手でこすってきたのです。何度も、何度も。
吐き気すら覚えるほど不快な体験だったにもかかわらず、なぜ僕は親に告げることもなく、1年もの間、校長のされるがままでいたのでしょうか。
今にして思えば、このときから僕は、他人に全面的に身をゆだねることの「心地よさ」のようなものに本能的に目覚めてしまったのかもしれません。

10年後、1991年。22才。都内のコンピュータ会社に入社した僕が、台東区と文京区の営業担当になったとき、忘れていた記憶を呼び戻すきっかけになるとは、想像だにしていませんでした。
意外にも少年は、あの思い出をトラウマにすることなく、その後の青春時代を謳歌していました。男性を特別視するでも恐れるでもなく、普通に女性に恋をして、ときには風俗にも通う、ごくごく一般的な男に成長していたのです。営業業務は、当時それほどパソコン需要がなかったせいか時間を持て余すことが多く、午後の空いた時間をパチンコでつぶすことが僕の日課でした。
「あ-、退屈だな-」
その初夏の日、上野での営業の合間に、映画でも見ようかとポルノ映画館に足を運んだのも、ただの安い暇つぶしの感覚でしかありません。正直、パチンコばかりではお金がもたなかったのです。
タイトルはさすがに失念しましたが、確か表の看板にはレ〇プシーンのようなものが描かれていたと思います。ひきつった女優の顔に魅かれて入場した記憶がありますから。
地下へ続く階段を下り、500円の入場券を買って薄暗い廊下へ。扉を開けると、場内は立ち見が出るほどの盛況ぶり…というのは錯覚で、確かに立ち見客も大勢いるのですが、一方で座席は比較的空いています。さすが入場料500円、安物の椅子ではお尻が痛くなるのかもしれません。
映画は死ぬほど退屈でした。ストーリーを追おうとすれば濡れ場になり、興奮しようと思えば邪魔が入る、AV世代の僕には刺激のなんとも間延びした作品だったと言えるでしょう。やはり500円は500円です。
しかし、スクリーンの中などに刺激を求めていた僕はまだまだ子供だったと言わざるをえません。本物の興奮は、その直後の暗闇に潜んでいたのです。
館内に入って10分ほど経ったころでしょうか。突然、僕の右隣の席に1人の男性が腰掛けました。年齢は20代半ばぐらい。僕と同じスーツ姿で、いかにも暇つぶしサラリーマンといった風情です。
他の席もたくさん空いているのにわざわざ僕の隣を選んだことに対し、疑問がなかったわけではありません。しかし疑問を疑問として意識する間もなく、男は手を伸ばして僕の太股をそろりそろりと触り出したのでした。
「。。。。。。」
「・・今」
ホモ。隣にホモ。なぜ逃げなかったのでしょう。あらためて自問してみても答は出てきません。いて言うなら、そのときの僕には、彼に触られることが逃げねばならぬほどの一大事だとは思えなかったのです。
抵抗しない僕の様子に気を良くしたのか、彼は太股から股間へと手を移し、そのままゆっくりと撫で回し始めました。そしておもむろにジッパーを下ろし、中から飛び出したフニャチンをせっせとしごき出します。
「はあはぁ…」荒い鼻息を耳にしながら、僕はじっと前方のスクリーンを眺めていました。顔を合わせてはいけない、目さえ合わさなければ安心だ。なぜかそう命令する自分がいたのです。スピーカーから流れる女の端ぎ声が、やけに遠く聞こえたのを覚えています。
「うう」
勃起から射精に至るまでにどれくらいの時間が経過したでしょう。
ハンカチで精液を拭き取る男の手がスクリーンの白い光に照らされるのを見たとき、僕の鼻孔を突いたのはあの校長室の匂いでした。教室でも職員室でもない独特の淡い香りが、上野の地下映画館に漂ったのです。
この数十分間の出来事は、同僚にも友人にも打ち明けることができませんでした。
それもそうでしょう。単に軽く触られただけなら笑い話で済みますが、僕はおとなしく射精までしているのですから。しかも本心のところでこれを喜びと感じてちいたことも、僕が口をつぐむ大きな理由でした。
と後日、その映画館がホモ同士の出会いの場であるハッテンバだと知ったときも、沸き上がるのは後悔の念ではなく、むしろ期待と呼ぶに相応しい感情でした。
このあたりの気持ちはなかなか理解してもらえないかもしれません。どこかのオジサンに手コキされたことを喜ぶなんて、お前は生粋のホモだとおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。
でもそれでもやはり僕はホモで
はないのです。顔のせいなのか雰囲気のせいなのか、以前にも新宿のサウナでパンチパーマの男性にいきなり抱きつかれたことや、上野浅草口のサウナで若者にキスされそうになったことがありましたが、そのときは必死で抵抗し、すぐに振りほどいて逃げたくらいですから。
僕が再び地下映画館に続く階段を下りたのは、翌週のこと。前回と同じ辺りに腰を下ろすと、隣に前とは別のオジサンが座り、やはり同じような手順で絶頂に導いてくれます。
そしてハンカチでペニスを拭い終わった彼は、こっそり耳打ちしてきました。
「トイレ行こうか?」
その誘いが何を意味するのかよくはわかりませんでしたが、たつぶり放出した後の脱力感のせいか長居する気にはなれず、無言のままこそこそ逃げるようにして僕は席を立ちました。
地上への階段を上るとき何かの始まりを確信しました。その予感の正しさは、僕がそれからの10年間、現在に至るまで定期的にこの劇場に通い続けていることが証明しているでしょう。
思えば、学生のときからすでに予感のようなものはあったのかもしれません。自分の進む道に対する予感のようなものが。
慣れとは恐ろしいものです。以来、僕は営業の合間を見つけてはあの階段を下り、500円ボッキリのサービスを堪能し続けました。
プレイは座席での手コキのみ。射精後に相手から必ず言われる
「トイレに行こう」「外に出よう」
といったお誘いは例外なく固辞です。それは自分なりの線引きでした。本物のホモになってしまうのが怖かった、とでも言っておきましょうか。あくまで映画館の暗がリでのみ僕は大胆になれるのです。

一方で、普通の風俗に行く回数は急速に減りました。なにも無理して数千円も使わなくても、スッキリできる場所が他にあるのですから当然と言えば当然です。相手が女か男かという違いは、僕にはどうでもいいことでした。
さて、何度か映画館に通ううちにどうしても気になってきたのは、なぜか座席に座らず後部通路で立っている人たちのことです。彼らはいったい何をしているのか、あそこにはどんな楽しみが待っているのか。いつもロクに会話を交わさない僕は、館内の仕組みやルールなど、基本的なことがわかっていませんでした。
勇気を出し初めてその人渦に乗り込んだのは、夏の終わりのことです。むせぶような肢臭がそこには渦巻いていました。
「はあ、はあ」
座席にいるときには気付かなかった息を殺した獣のような声が、あちらこちらから聞こえてきます。うっすらと見える男たちの顔はどこか上気し、わずかにポジションを変えながらモゾモゾ動き回る様子は、まさに獲物を探る野獣といったところでしょうか。
恐怖と期待がないまぜになったまま立ち尽くすこと数分。隣に大柄な男が張り付いてきました。
「。::。」
なぜ彼らは座らずに立ったままなのか。それはただ単に移動しやすいから、という理由だけではないようでした。
隣に立った男は、無言のまま服の上から股間を触った後、ジッパーを下ろすのではなく、いきなりベルトをはずしてズボンとパンツをくるぶしまで一気に下ろし、ペニスと玉袋を優しく操みほぐしてきたのです。それは思わず声が洩れそうになるほどの快感でした。
「うつ、う-つ」
ピンサロとヘルスの違い、と言ってもわかりにくいでしょうか。要は、今までの窮屈な体勢では到底味わえなかった開放感が、後部通路には満ち溢れていたのです。周りの男たちに見つめられながら、僕は男の素手に射精しました。それはこの映画館で本当の意味での仲間入りを果たした一瞬でした。記念すべき通路デビューです。
座席から通路へとポジションを変えてからは、オプションとしてフェラチオやアナルなめまでしてくれる人が現れ、快楽の度合いも高まる一方でした。
行く度に相手は変わり、皆それぞれの技を駆使してきます。70にもなろうかというオジイさんの優しい指使い、まだ20代らしき少年のたどたどしいフェラチオ。今日は誰が来るのか、何をされるのかと毎回ドキドキしながら僕は通路に立ち続けました。
とても形容しがたい歓びに包まれたのは、そんなある日のことです。1人の男にペニスをなめられている最中、突然後ろから誰かに抱きつかれたのです。
「つっつ・・・」
何をするのかと思えば、そいっはシャシをたくし上げ、両乳首をきゅっと力強くっねってくるではないですか。ふうふうと耳元で聞こえる鼻息。
そしてさらに下の方からはまた別の手が現れて、尻の穴にゆっくりとパイプを突っ込んできます。
「ああ」
「ハァハァー」
「ハアハア」
ペニス、乳首、尻の三箇所責め。特にパイプは挿入した瞬間に体中に電流が走るほどで、こんなことは生まれて初めてでした。射精の勢いの良かったことといったら、それはもう。
後ろから(パイプを)突っ込み、前から(精液を)出す。ホモ用語でいう「トコロテン」の快楽に、以来僕はすっかり溺れてしまいました。手コキやフェラのみでは何か物足りず、尻に何かが入らなければ満たされない体になってしまったのです。
しかし、いつもいつも相手がパイプを持っているとは限りませ虫かといって僕の性格上、わざわざ自分で持参して使ってくれと懇願するのも跨踏われます。
そこで僕は、誰かにペニスを愛撫されているときには、お尻を後ろに軽く突き出すことで他の男を誘惑し、パイプを突っ込んでくれるようアピールすることにしました。ほら、お尻が空いてるよ、という訴えです。皆、敏感に反応してくれるところが、さすが
です。
ただこの誘惑はあまりに無防備なせいか、一度だけ怖い目に遭遇したことがあります。イラン人らしき外国人が生ペニスをあてがってきたのです。
僕にとっては、パイプもペニスも同じトコロテンの棒に変わりありませんが、生となると病気の心配もあります。しかしそのときは後ろ向きだったこともあり、ゴムが被ってないことに気付きませんでした。逆に早く突っ込んでくれと懇願していたくらいです。
危機を救ってくれたのは、隣で様子を見ていた初対面のおじさんでした。
「外人はやめておいたほうがいぞ」
「あ、はい」
それは、この映画館で僕が交わした、最初で最後の会話らしい会話でした。病気を気遣ってくれる仲間がいることに、熱いモノがこみ上げてきました。

関連記事
★★★裏モノジャパン電子書籍絶賛販売中⇒⇒⇒★★★

本日の人気動画情報

街行く素人美女捕まえ中出しH盗撮・エログちゃんねる

素人の女性の裸とオマンコ写真・アダルトブログランキング内

タグ