驚くべき事実が判明した。
橋本が彩と旅行に出かけたのは一度きりではないのである。
昨年が有馬温泉、昨年が伊豆と２連敗しているという。
きっかけは、たまには温泉でゆっくりしたいと彩が言い出し、それなら一緒に行くかと橋本が提案。ここまではいい。
行くのはいいけど何もするなとか、部屋を別々にしろとも言われなかった。
ただ、ここからが情けない。
就職したばかりで金がなかった有馬温泉では安いビジネスホテルを取ったことで機嫌を損ね、彩は早々に就寝。
橋本は隣のベッドで悶々としながら朝まで過ごした。
伊豆も似たようなもので、温泉や食事はなごやかだったものの、彩は事務仕事を持ってきており、夜はひたすら机に向かっていた。仕方なく、橋本は狂ったように風呂に入り、のぼせてダウン。やっ
たことといえば、仕事で疲れた彩にマッサージを頼まれたことくらい。ふぐらはぎをマッサージしながら妄想を膨らますが、どうしてもヒザより上には手を伸ばせないというのだから、これは地獄である。
20代前半の男女が一度ならず二度までも温泉旅行に出かけて何事も起きないなんて、彩にナメられてるんじゃないのか？
「そうかもしれないですね。とにかく彼女はサッパリしてるんで、取りつくシマがないんです。かといって、誘えばくるし」
だから、その気はあるんだよ。ただ、橋本がそれっぽい雰囲気を作れないから、
彩も「まあいいか」と意欲を失ってしまうのだ。
「いや、彼女にそんな気はないんじゃないですかね。幼なじみの延長で」
あり得ないって。だとしたら、相当の悪女だ。
「彼女はいいコですよ。ちょっと変わっているけど…」
「他に男がいるとか」
「いまも昔もいないと思います。でも、ボクはカッコ悪いから」
グジグジと悩む橋本だが、本音は隠せない。もし彼女から誘われたらどうすると尋ねると、ヨダレをたらさんばかりに即答だ。
「やりまくりたいです。もう、朝まで寝かせませんよ！」
言葉だけは威勢がいいが、おまえ童貞じゃん。待てよ、彩というコも男っ気がないとすると、処女の可能性はある
お互いにどうしていいかわからず、相手の出方を待っている状態なのかもしれない。
どちらにとっても相手は幼なじみ
親の顔まで知る仲だけにギャンブルはしにくいのかも。
橋本の自信のなさは気にかかるが、そう考えるとこの恋愛、うまくいく可能性はあると思う。あとは、きっかけだな。
「一発で決めようとせず、デートを重ねてみれば？遠距離とはいえ地元なんだから、橋本くんが通えばいい」
「デートですか・したことないなあ」
またまた驚くべき事実。このふたり、デートどころか卒業後はほとんど会ったことがなく、連絡はもっぱらメールなのだという。
「彼女は忙しいので電話すると嫌がるんですよ」
顔も合わせず声さえ聞かせないのに、温泉旅行には来る。
わからん女だ、彩。
が、いまのオドオドした橋本では無理。
この人は変わった、大人になったと、彩に《男》を意識させることはできない。
方法はひとつ。やや乱暴だが、ソープで童貞を捨てさせることである。
抵抗を示すかもしれないが、興味はあるのだ。そういう遊びに不案内な面は、ぼくが店を選んで連れて行ってやることで解消できる。男なんて単純なもので、ＳＥＸを経験し、生身の女性がどうなっ
ているかを知るだけでずいぶん自信がつくものだ。
酒でも飲んで、吉原に繰り出すか…。
そんな計画を練っているところに橋本からメールが入った。さてはデート日が決まったか。
《また温泉に行くことになりました。いま宿を手配中です》
会おうとメールしたところ、温泉行きをせがまれたらしい。日程は来週、行き先は草津だという。
無謀である・延期するほうがいい・物には順序があるのだ。
《でも、彼女は休みを取ったし、いまさら日程を延ばすなんて言ったら、次に会えるのは１年後になってしまうかもしれません》
だから、そういう関係が異常だっていうの。
しょうがない。徐々に盛り上げ作戦は中止だ・急いで脱・童貞プランを実施しなければ。
「ラストチャンスだと思ったほうがいいよ」
翌日の晩、渋谷のイタ飯屋でビールをすすめながら、ぼくは橋本に語りかけた。
「ここで勝負に出なきゃ、本当に安全パイだと思われかねない」
「わかってます。酒に酔ってでも迫ります」
あのね、いままでだって酒は飲んだだろうし、大浴場では股間を隠すのに苦労するくらいチンコを固くしていたはずだ。
「コンドームは忘れるなよ」
「え、イヤだなあ。ボクとしてはもっと自然に、美しく結ばれたいと」
わかるよ。でも、自然にってのが案外ムズカシい・そこでだ。
「これまでの失敗を繰り返さないためには、事前に童貞を捨てておくべきだと思うんだよね」
「は？」
「そのほうが自信もつくし、スムーズに事が進むでしよ」
橋本の目が泳ぎ始めた。金がないならおごってやるつもりで、言葉に力を込める。
「じゃあ決まりだ。ソープに行こう」
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