HON22-08[184]

群馬県・伊勢崎市は外国籍の住人が多い。
その影響でブラジル、パキスタン、タイ、ベトナムなどの料理店もチラホラ立ち並ぶ、非常に興味深いエリアだ。日本語が書かれていない本場の雰囲気満載のメシ屋や商店が大好きな俺は、いつもつい立ち寄ってしまう。
 
今回はブラジル料理に舌鼓を打ってから、北関東で唯一残っているテレクラへ。
それにしても、住宅街の一角に不意に現れる「テレクラ」の看板に、外国人たちは何を思うのだろう。
「会ってから断ったりしませんか?」
地方テレクラでありがちなのは、電話の鳴りは非常に悪いことだ。その日も例外ではなかった。
 
1時間に1本ほどしかコールはなく、話の途中で切られたり、テレホンセックス希望だったりと、なかなかアポにたどり着けない。
気がつけば、入店から3時間半が過ぎていた。小腹が空いたのでいったんコンビニで飲み物とスナック菓子を買い、店に戻ってきたところで電話が。
「こんにちは。今日は仕事お休みですか?」
「はい。オニーサンは?」
「こっちは東京から仕事で群馬に来たんですけど、時間が空いたのでテレクラに来たって感じです」
「へえ、わざわざ東京から?」
「お姉さんはどういう目的で?」
「お金です」
 ズバリ言ってきた。こりゃアポれる可能性が濃厚だぞ。
「よかった。俺もそういう人を探してたんです」
「はい」
「いまおいくつですか?」
「50才です」
「身長と体重はどれくらいですか?」
「それはちょっと…」
 それを言ってもらわないと心の準備ができないので困るんだが。
「体型が細めか太めかくらいは教えてもらえないですかね?」
「どちらかっていうと太めですね。チョイぽちゃと太めの間くらいです」
 この言い方はデブ確定だ。ふう、50才の豚オンナか。まったく悲しくなるぜ。
「お礼はいくら希望ですか?」
「1万円で」
「オッケーです。今、お近くですかね?」
「○○町のベイシアです」

ベイシアとは北関東を中心に展開するローカルのスーパーマーケットだ。検索してみると、わりと近い。
「15分以内には迎えに行けると思いますよ」
「わかりました。あと一応、確認なんですけど、会ってから断ったりしませんか?」
 頭の中でアラームが鳴り響いた。経験上、このワードが出る女はかなりパンチの効いた容姿をしている。男と会ってから断られるパターンを繰り返してきたので、そう聞いてくるのだ。
 なるべく動揺が声に出ないように答えた。
「大丈夫です。俺、基本的に断ったりしないので」
「そうですか。念のため、名前と電話番号教えてもらえます? 連絡が取れなくなると困るので」
「いいですよ。名前は和田です。えっと090…」
 これでもう退路は絶たれた。

彼氏がいるのか?その顔で!?
車で移動中、ケータイが鳴った。知らない番号だ。さっきの女か。
「はい、和田です」
「今どこですか?」
「大通りを走ってそちらに向かってるところです」
「あと何分ですか?」
「ナビだと10分くらいですね」
 その後もまた電話がかかってきて、同じ質問をされた。よほど俺が来るか心配してるらしい。
 ちょうどスーパーに到着したところで、3度目の電話だ。
「いま駐車場に着きましたよ」
「何色の車ですか?」
「銀色です」
「あ、見えました。そのまままっすぐ進んでください」
 
30メートルほど前方でスマホを持ったデブ女がこちらを見ている。あれか…。
駐車場に停めると、彼女が助手席にのそのそと乗り込んできた。
「どうも」

とんでもないのが来たぞ
「うん…」
 あやうく、大きなため息が出そうになった。
50のデブというだけでもテンションが下がるのに、顔がまんまチャン・カワイだなんて。彼女が視界に入った直後に逃げ出さなかったことを、俺は心底、後悔した。
「家はこの辺なんですか?」
「いや、それはちょっと…」
 答えたくないという意味なのだろうが、別に俺は彼女の自宅がどこにあるかなんて興味はない。単に会話のきっかけを投げただけだ。
「ホテルに向かいたいんですけど、この辺にあります?」
「うん」
 彼女は最低限の返事をするだけで、会話のキャッチボールをやるつもりはないと見える。
 仕方がないので、ときどき方向を確認しながらホテルへ向かっていると、女のバッグに目が止まった。統一感ゼロのキーホルダーがジャラジャラとたくさんついている。
「いっぱいキーホルダー持ってるんですね。集めてるんですか?」
「あーうん。ほとんど自分で買ったんだけど、この天使のやつだけは彼氏にもらった」
 なぬ、彼氏がいるのか? その顔で!?
 ちょっと信じられないんだけど。
「彼氏さんがいるんですね」
「うん、今朝まで一緒にいた。もう仕事に行っちゃったけど。うちら同じ職場なんだわ」
「ちなみに、何系の仕事?」
「あ、それはちょっと…」
 別にどうでもいいけど。
「私も本当は仕事だったけど、なんか行きたくないから休んだ。でもお金ないからテレクラで会えないかなって電話してみたの」
「彼氏いるのにテレクラやってて大丈夫なんですか?」
「大丈夫。絶対バレないように注意しているし、その辺はうまいことやってるんで」
 前の彼氏とは11年続いて去年の年末まで付き合っていただの、別れた原因は、他の男との浮気
がバレたからだの、そんな話をツバを飛ばしながらくっちゃべっている。どうやら男の話になると途端に饒舌になるようだ。
「テレクラ以外でも男遊びしてるんですか?」
 女が腕を組んでふんぞり返った。
「まあ、ときどき。でも、彼氏以外の男と遊ぶときは、本気じゃなくて浮気だから。ま、テレクラはお金だけのワリキリだけどね」
人並みに男と遊んでますアピールをしたいのだろうが、どうにもウソ臭くて笑える。
 
「さっきからうるさいんだよ。質問ばっかするな!」
ホテルの部屋に入ると、彼女はすぐさまソファに腰掛け、スマホゲームをやり始めた。そっと横から覗く。簡単なパズルゲームが好みらしい。
「昔から彼氏はあんまり切らしたことがないんだよね」
スマホをさわりながら、耳を疑いたくなるようなセリフを口にした。どうせ彼氏と思ってるのは自分だけで、実際はセフレみたいな関係に違いない。ま、彼女をセフレにする男もたいがい偏った趣味の持ち主だが。
「男はオネーサンのどういうところに惹かれるんでしょうね?」
「そんなの知らない。息子には『男をもてあそぶ魔女だよね』って言われるけど」
「え、お子さんいるんですか?」 
結婚歴こそないものの、すでに25になる息子がいるという。
しかも現在、息子は、血の繋がってない前カレと一緒に住んでいるんだとか。
なかなか複雑な関係だ。
「前カレさんと息子さんって仲がいいんですか」
「みたいよ」
「息子さんとは会ったりしているんですか?」
「全然会ってない」
「なにかあったんです?」
「いや、それはちょっと…」
 またその返しかよ。でもこれには興味があるから引かないぞ。
「いいじゃないですか、教えてくださいよ。なんで息子さんとは連絡取らないんですか?」
 彼女がジロッと睨んだ。
「さっきからうるさいんだよ。質問ばっかするな!」
すごい剣幕だ。どうやら彼女が「それはちょっと…」と言うときは、深掘りしてはいけないらしい。
よほど頭に血が上ったのか、彼女はハア、ハア、ハアと荒く呼吸し、ぶ厚い背中を上下に揺らしている。めっちゃ怖いんですけど…。
「すみません。余計なことを聞きすぎたみたいで」
「フン」
彼氏の話をキッカケに心を開いてくれるのかと思いきや、空気がかなり悪くなってしまった。
流れを変えねば。
「あ、お金を払います。1万でしたよね?」
「うん」
カネを受けるとき、彼女がニヤっとしたのを俺は見逃さなかった。現ナマには弱いらしい。
肉便器扱いされてるだけだよ
「ちなみに、そのお金は何に使うんですか?」
 首をかしげて彼女が答える。
「いやー、それはちょっと…」
危険信号がともった。この話はもう止めよう。
にしても彼女、プライベートな質問はとことんNGなんだな。
男関係の話は一方的にするくせに。
「まぁ彼氏さんとおいしいごはんでも食べてくださいよ」
「えー、外食なんかしたらもったいない」
「でも彼氏さんとデートくらいするでしょ?」
「ううん。いつも夜にうちへ来てエッチしたら帰ってくから」
 ああ、言ってやりたい。そんなのは彼氏じゃなくて、肉便器扱いされてるだけだよと。
 さらに彼女は気になることを口にした。
「いまの彼氏ってすごく優しいんだけど、いつも私にお金ちょうだいって言ってくるの。それがちょっと困っちゃう」
 カネヅルにでもされてんのか?
「いつも、どれくらいの金額を渡してるんですか?」
「私的にはまあまあの大金」
 てことは4、5万くらい?
「だいたい3千円かな」
 ずっこけそうになった。普段、どういう生活をしてるんだ? 
3千円が大金って。
「でも彼氏さんはなんでお金が必要なんです?」
「UFOキャッチャーに目がないの。でもすごく上手いから、お土産たくさん持ってきてくれるの。優しいよね」
お土産とは、ゲットしたUFOキャッチャーの景品のことらしい。クズ彼氏とのゲスな日々を精一杯、美化しているようだ。
「精神病で悪いか!私も彼氏も精神病だよ!」
 彼女と風呂へ。そこで披露された裸体はヒドイの一言だ。
 垂れ乳に山盛りの三段腹、アセモが目立つし、スネ毛もボウボウ。もはや正視に耐えない。
「あっ、ごめん。昨日彼氏にキスマークつけられちゃったの」
 また勘違いノロケかよ。いい加減イライラしてくるぜ。
「仲いいんですね」
「うん。昨日は3回もエッチしちゃった。とにかくエッチがめっちゃ上手なんだわ。オチンチンも大きいし」
「へえ、そうですか」
 呆れていると、ひじでグリグリされた。
「心配しないで。和田さんと比べたりしないから」
 こんな女に気を遣われるとは俺もヤキが回ったな。俺のチンコが小ぶりというのは事実なので、余計、やるせなさが募る。
 風呂から上がると、彼女は雑に身体を拭きソファにドスンと腰を下ろした。バッグからスマホを取り出し、黙々といじっている。またゲームを始めたらしい。
 ん? バッグからちらっと顔を覗かせているあの赤い物体は
…ヘルプマークじゃね?
 ヘルプマークとは障害や疾患などがあることを、外見からわからない人がつけるマークのことだ。俺がなぜ知っているのかというと、精神病をわずらってる友人が同じものを持っているからだ。
「あの、もしかしてそれ、ヘルプマークですか?」
「え、へるぷ…?」
 キョトンとしている。
「その赤いマークですよ。俺の知り合いも持ってるからわかるんですよ。なんか病気なんですか」
「いやー、それはちょっと…」
「でも、もし身体に悪いところあるなら、セックスのとき気をつけなきゃいけないし」
「だから、それはちょっと…」
「あ、もしかして触れないほうがよかったですか?」
 ハッとしたときは、もう手遅れだった。
 野犬のごとく彼女が吠える。
「ちょっと黙れ! 精神病で悪いか! 私も彼氏も精神病だよ!」
 スマホゲームをしながら一瞥もくれずにキレまくっているが、そのとき俺が思ったのは、「やっぱりな」だ。この突発的なキレ方はやはり尋常じゃない。
 ひと通り怒鳴ったところで、彼女がつぶやいた
「あーもう疲れるなぁ! ちょっと休むわ」
 そう言ってふたたびゲームを始めたものの、10分、20分と経っても一向に止める気配がない。
さすがに声をかけた。
「あの〜、そろそろやることやりませんか?」
「はいはい。お金もらっちゃったもんね」
 面倒くさそうにベッドに向かい、ダラダラとした態度でプレイを始めようとする彼女。
 いい加減なフェラでチンコを立たせてから挿入するも、目の覚めるような悪臭が。やはりというか、だらしないダルダルボディに相応しい臭マンだったのだ。
 これ以上の継続は肉体的にも精神的にもムリだと判断し、以降、会話ゼロのままホテルを出た。これほどゲンナリさせられたのは久しぶりだ。
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