![HON22-05[102]](https://blog-imgs-164.fc2.com/u/r/a/uramonojapanofficial/202303060730095d4.jpg)
コンビ結成から10日後。
2回目の練習を行うべく、再び川崎へ向かう。
待ち合わせ場所には、もう見慣れた赤いTシャツ姿があった。通りの冬期五輪のポスターを眺め、たかみちさんが言う。
「おとつい、選手の人たちが中国から戻ってくるのを成田に見に行ってきまして」
「そうなんですね」
「うっかり長居しちゃって。空港のロビーに泊まっちゃいました」
今日も天然キャラは通常運行のようだ。
付近のカラオケボックスに入る。
テーブルにネタのプリントを広げ、何となく気になっていた箇所の話から始めた。
「アドリブでやってもらった、襲い掛かるところの演技なんですが」
立ちバックってのはさすがに下品過ぎる気がする。
「キスを迫るくらいにしときませんか?」
「わかりました。そうします」
たかみちさんがうなずき、そして続ける。
「そのー、ぼくもセリフの言い方とかのアレンジを、自分なりに考えてきたんですが」
「ほー」
「やってみてよろしいでしょうか?」
当たり前じゃないの。というか、何を遠慮してんですか。ネタ合わせをしやすいようにテーブルを横にやり、スペースを作る。
前回の練習のときに自然と決まった立ち位置、オレが右で横並びに立った。
ネタを始める。さて、どんなアレンジを考えてきてくれたんでしょう?
まず飛び出したのは、歌舞伎役者の見得を切るようなポーズでの絶叫だった。
「ノォー!」
すごいテンションである。
お次は、ぜんまい人形のようにカクカクと体を痙攣させながら、「イエェェェーッス!」これまた絶叫だ。てか、こういう路線なの!?
3つ目は、脈絡の無いヒップホップダンスだ。
「ヘーイ! 胸筋鍛えて、チョメチョメ! 上腕二頭筋鍛えて、チョメチョメ! ヘイ! チョメチョメ! ヘイ! チョメチョメ!」
ネタを終えたところで、オレはもう吹き出してしまった。
「大暴走じゃないですか」
「はい、楽しいです」
満面の笑顔だ。つくづく突き抜けたおっちゃんですな。
けど、このハイテンション、どうなんだろう?
面白いとは思うが、やり過ぎてる気もしなくもない。
少し考え、オレは切り出した。
「じゃあ、とりあえずこの方向で進めていきましょう。でも、アレンジについては多少調整はさせてもらっていいですか?」
たかみちさんが恐縮そうに肩をすくめた。
「もちろんです。ありがとうございます」
「いえいえ、たかみちさんは基本、やりたいことをどんどんやって下さいよ」
オレの中で、このコンビでの自分の役割が何となく見えてきた。天然キャラで暴走気味の暴れ馬の手綱を引く係だ。
「で、とりあえず、早々にライブに出ましょう。客の反応を見たいんで」
「ライブですか?」
素っ頓狂な声が返ってきた。そっか、たかみちさんは漫才ライブの経験がまだないのか。
「誰でも出ることができるフリーライブがあるんですよ」
「はい。一生懸命、頑張ります」
オッケー。ならばさっそく予定を押さえよう。お笑いイベント業者のサイトをチェックし、何度も出たことがある下北沢のライブに申し込んだ。
と、たかみちさんが聞いてきた。
「ちなみに、ステージ衣装はどうしましょう?」
衣装か。考えたほうがいいよな…。
「ぼく、目立ちたいです。ズボンも赤にして、全身赤はどうでしょう?」
とことんブレませんなあ。でもまぁこのキャラだし、全身真っ赤はありかもね。
じゃあこっちはバランスを取るために無難なスーツにでもしますか。
この人、やっぱタダもんじゃないな
そのライブ当日。下北沢の会場に入ったのは、集合時間である11時半の少し前だった。
楽屋をのぞくと、ホワイトボードに本日のスケジュールが書いてある。演者は11組、鉄仮面の出番は9番目だ。
たかみちさんが「ちょっとLINEを」と言い、誰かに連絡を始めた。
「今日、知り合いが見に来てくれるんで」
へー。そりゃあこちらも気合いが入りますな。
まずはステージ衣装に着替えることに。そう言えば、赤いズボン、どんなのを持って来たんだろう?
んっ、ジャージ!?
「それっすか?」
「はい、動きやすいんで」
暴れる気まんまんかい。とりあえず、全身赤になったたかみちさんは、まとっている天然のオーラが2、3割アップした印象だ。
着替えを終えた後は、最終確認のネタ合わせを行うことしばし。開演時間を迎えた。
ライブが始まり、1組目、2組目と順番が進んでいく。
楽屋まで聞こえてくる舞台上の演者たちの声に耳を傾けた。少なからずソワソワする時間である。
たかみちさんのほうは目をつぶっている。
「どうですか、他の人たちのネタは?」
「……」
反応がない。考え事をしているのかしら?
「…たかみちさん?」
びくっと体を震わせ、目が開く。
「……すみません、寝てました」
マジかよ。初舞台の直前に寝れるなんて。この人、やっぱタダもんじゃないな。
そうこうしているうち、8組目までが終わり、ついにオレたちの出番となった。
出囃子が鳴り、「鉄仮面」という呼び込みのアナウンスが響く。
一つ深呼吸し、たかみちさんの横顔を見た。期待してまっせ。
いざ、初舞台だ。
ステージへ飛び出していき、マイクの前に立つ。
「どうもー、43才仙頭と」
「たかみち、54才!」
両手を振り回し、かっこつけるたかみちさん。挨拶の締めのセリフはオレのパートだ。
「おっさんコンビ、鉄仮面です。よろしくお願いします」
一礼し、会場を見渡す。客はたった4人だ。
かなり少ないが、フリーライブではいつものことか。
漫才へと入っていく。自分たちの一番の武器は、もちろんたかみちさんの天然暴れ馬キャラだ。
オレとしては上手く調整してきたつもりだが、さぁどうだろう。
一つ目の暴れ馬ポイント、歌舞伎役者の見得を切るポーズが来た。
「ノォー!」
練習よりもパワフルだ。わざわざ一歩うしろに下がって振りを作ってから手を突き出してるし。
いかんいかん、張り切り過ぎてるのかも。ここは強引にでも手綱を引いておこう。
「もうちょい前でいきましょう」
アドリブのツッコミを入れたところ、客席からクスクスと笑いが起こった。
おっ、いいんじゃないの。
ネタが進み、「来週には引っかかってるじゃないですか」というツッコミでも笑いが起こった後、2つ目の暴れ馬ポイントへ。
「イエェェェーッス!」
これでもかってほど体を痙攣させ続けるたかみちさん。
これまた張り切り過ぎてるなぁ。
「何でぇ? 何でイエス?」
ツッコミを入れて痙攣を止める。
と、その直後だった。オレの頭から一瞬セリフが飛び、数秒モタついてしまった。
あちゃー、凡ミスしちゃったよ。
しかし、幸い引きずること無く、ネタのリズムは戻った。
そして3つ目の暴れ馬ポイントに到達する。
「ヘーイ! 胸筋鍛えて、チョメチョメ! 上腕二頭筋鍛えて、チョメチョメ! ヘイ! チョメチョメ! ヘイ! チョメチョメ!」
ここはウケるはずだ。ほら見ろ、お客のみなさん、ニヤけてるぞ。
でもあれ? ニヤけてるくらいかよ。ここを終盤への踏み切り台にしたかったんだけど。ヒップホップダンスが不発だったからか、終盤は残念ながらパッとした笑いが起こらない。果たしてネタがおしまいに。
「ありがとうございます」と頭を下げ、舞台の袖へはけたオレは、
たかみちさんにまずは謝った。
「申し訳ないです。途中、ネタを飛ばしちゃって」
「いえ、間は空いてなかったですし」
「…まぁ、そうですけど」
笑いの数がなぁ。もっと起こせると思ってたんだが、ダメだった理由は?
手綱をもっと引くべきだったのでは
着替えをして会場を出ると、建物の前で一人のニーさんが立っていた。客席で見かけた顔だ。お知り合いってのはこの方か。たかみちさんが紹介してくれる。
「ヤマさんです」
「どうも、仙頭です」
「お疲れ様です。面白かったですよ。オジサンが頑張ってて」
ヤマさんがそう言い、たかみちさんのほうに視線を向けた。
「お二人はどういう関係なんです?」
たかみちさんが答える。
「たまに一緒に出かけたり。そうそう、成田にもヤマさんと行って」
「ってことは、ヤマさんもロビーに泊まったんですか?」
何の気なくそんな質問をすると、食い気味に首が横に振られた。
「いやいや、ぼくは、ますいさんみたく、スイッチ入りっぱなしじゃないんで」
スイッチ入りっぱなし? テンションが高いってことか?
「感じません? ずーっとスイッチが入りっぱなしでしょ、ますいさん。いや、ぼくは嫌いじゃないんですけど…」
何だか含みのある言い方だ。つっこんで聞いてみる。
「たかみちさんの仲間内での評判ってどんな感じなんです?」
「基本、元気なオジサンですかね。でも、ますいさんのことを苦手というか、うるさいと思ってる人もいますよ。いつでもどこでも、ずーっとスイッチオンだし」
オレの中に、一つの気分が湧き上がってきた。
この指摘、今日の漫才の反省点にも繋がるんじゃないだろうか。
ようするに、暴れ馬の手綱をもっと引くべきだったのでは。
じゃあこのネタ、具体的にどう修正すればいいんだろう?
「おっさんコンビにキレイな漫才なんて求めてませんよ」
ライブの翌日、ネタの修正の仕方を改めて考えていたところ、R ─1へ挑戦したときのことをふと思い出した。一回戦敗退という結果はさておき、大舞台でそれなりに笑いを取ることができたのは、「裏モノ系のフリップ」という芸風に辿り着けたからだ。
ただ、それは自力で見つけたわけではない。
『あらかわ☆お笑い河川敷プロジェクト』という団体の“ネタ見せ”に出向き、演芸作家からもらったアドバイスだったわけで…。
もう一度、あのネタ見せへ行ってみるのはどうかしら。
てか、やめておく理由はないか。さっそくツイッターに問い合わせメールを送る。
そしてネタ見せ当日、たかみちさんと一緒に、会場の神田のレンタルオフィスへと足を運んだ。室内には、ピン芸のときにお話させてもらった演芸作家の2人、藤原さんとナカヤマさんがいた。
「ご無沙汰してます。仙頭です」
「どうも」
藤原さんがオレのうしろにもう一人いることに気づく。
「今回はコンビですか? ま、どうぞ」
オーディション会場のように長机が配置されたスペースに通される。
「コンビはいつから組んでるんです?」
「2月頭です。というか、そもそもまだ出会って間もないんですが」
コンビ結成までの経緯、暴れ馬キャラを活かすネタ作り、初舞台に臨んだことまでをかいつまんで説明する。
「というわけで、今日は漫才のネタを見てもらいに来たんですが」
藤原さんがうなずき、オレたちの前に自立タイプの掃除機を置いた。
「じゃあ、これをマイク替わりに、どうぞお願いします」
たかみちさんに目配せし、いつもの立ち位置に。
「いきます」と短く言い、頭の挨拶からしゃべり始めた。
今回はセリフが飛ぶようなミスもなく、ネタは順調に進んで最後まで辿り着いた。ただ、ピン芸のときと同様、演芸作家の2人からは笑いが一切なかったが。
「ありがとうございます」
オレが頭を下げると、藤原さんが口を開いた。
「面白いと思います。たかみちさんでしたっけ? そのキャラクターを活かすってのは間違ってない
と思いますし」
ところが、ナカヤマさんが意外なことを言った。
「でも、早く止め過ぎですね」えっ!?
止めるんじゃなくて、もっと暴走させろってこと?
「ネタを作ってるのは仙頭さんですか? 仙頭さんどこかでキレイな漫才をやろうとしてるでしょ?」
「…まぁ、キレイというか、話の筋はちゃんと通ってないといけないとは思ってますが」
「うん。ちゃんとした漫才のネタにはなってます。ただ、ある意味、ちゃんとし過ぎてる。客は、素人のおっさんコンビにキレイな漫才なんて求めてませんよ」
「……」
よくわからない。なぜ求めてないと言い切れるんだろう? オレが首をかしげると、藤原さんもナカヤマさんの意見に乗っかってきた。
「求めてませんよ。フリーライブに出られたんですよね? 他の芸人さん、若い方ばかりでしょ? 自分たちが異質であることを理解したほうがいい」
「…イロモノってことですかね?」
「見た目がそうです。だから客はやっぱ、何か凄いヘンなことをやってくれるだろうと期待してますし、たぶん相方の方はそれができる人だと思います」
すると、それまで黙っていたたかみちさんが急に元気な声を出した。
「はい。ぼく目立ちたいんで頑張ります!」
タイミングよく天然キャラが飛び出したからだろう、演芸作家2人が笑いだす。
オレはなるほどなと思った。
今まではここで手綱を引こうとしていた。
でも逆にさらに緩めたら、もっと笑いが起こるのかも。
よし、ネタの修正方法が見えたきたぞ。
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