R─1 一回戦、渋谷の予選会場で本番の舞台に臨み、『ひと味違うよ歌舞伎町』というフリップ芸を行う。
客席には笑いが何度も起こり、その数はオレのこれまでのお笑い活動の全ライブを通し一番多かった。
出番を終えた後は、ステージを観覧してくれた見知らぬ客のおっちゃんから声をかけられ、「めちゃくちゃ面白かったです」なんて絶賛されたりも。
二回戦進出は間違いないだろう、そう確信したのだが…。
その夜、発表された『結果速報』の通過者一覧の中に、自分の名前は無かった。

R─1への挑戦は一回戦敗退に終わった。いったい何が悪かったのか? お笑いの難しさ、勝負の厳しさを痛感する。
1月中旬。先月号のリポートを書いた後、今回のチャレンジを振り返ってみた。
去年の9月、あえてコンビを解散し、R─1を目指してみようと思ったのは、〝個の力〟の鍛錬の必要性からだった。

そこから4カ月、一人でお笑いと向き合い、悩んで悩んで悩みまくった。芸風ひとつ取っても、漫談、一人コント、フリップ芸といろいろと変えてみたり。
R─1への挑戦が終わった今、果たして自分はどれだけ成長したんだろう? なるほど、1回戦敗退という結果だけを見るとダメダメだが、本番のステージで過去一笑いが取れたという事実は自信を持っていいのでは? 一応、それなりにレベルアップしたんじゃないだろうか?
 
書き終えたオレのリポートを読んだ編集長が、今後の展開を聞いてきた。
「これからどうすんの?」
「そうっすね。ピンで動くのはこのへんでおしまいにして。誰かとコンビを組んで、そろそろ漫才活動へ戻りたいと思っていたりはします」
 
漠然と考えていた気分を伝えると、こんな提案が。
「そしたら、R─1の会場で声をかけてきたおっちゃんと組んだらええんやないか?」
「えっ?」
編集長はニタっと口角を上げている。どうやら冗談らしい。ま、そりゃそうだよな。
と、そこでオレはふいに思うことがあった。
スマホを取り出し、LINEの友達一覧の中の、一つの名前に目を落とす。
『ますいたかみち』
 
そのおっちゃんのLINEである。
予選会場でツーショット写真を撮らせてもらった際、名刺を渡す流れで連絡先交換したものだ。
 
年齢は50 代くらいだったか。どういう素性の方かはまったく聞いてないが、イントネーションが関西風で、どこか愛嬌を感じる男性だった。
あの人、オレが一回戦を落ちたことを知ってるだろうか? 
あれだけ褒めてもらったし、ちょっと連絡してみたいんだけど。
湧き上がってきたその衝動に背中を押され、LINEの音声通話ボタンを押した。

数回のコールの後、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「はい、ますいです」
予選会場で会って以降は一度も連絡していない。何となく緊張しますな。
「R─1の会場でお会いした仙頭です」
「もちろん覚えてますよ。どうされました?」
 向こうも驚いているようだ。
「いきなり電話すみません。大した要件じゃないんですが。何となく報告したくなりまして」
「はい、何でしょ?」
 
一回戦敗退だったことを伝えると、ますいさんが声のトーンを下げた。
「そうですかぁ…」
「できれば、通過の報告でありたかったんですが」
「いやー、自分は通ると思ったんですけど。面白かったですし、フリップの絵なんかもすごい良かったですし。あとそれから」
 
声も出てた、話に引き込まれた、などとフォローの言葉を並べてくれる。気を遣ってくれてる。申し訳ないな。と、ますいさんが話を先に進めた。
「でも、まだピン芸人は続けられるんですよね?」
「いや、それがまぁ…」
別に隠す話ではない。
「ピン芸人はもうおしまいにして。誰かとコンビを組もうと思ってます。実は、M─1を目指してまして」
「あ、何か雑誌の企画で、M─1 がどうとか言われてましたね」
「そうそう。なもんで、直近の大きな目標は、相方を見つけることになります」
「候補はいるんです?」
編集長とのやりとりを思い出す。別に誘うわけではなく、ポロっとそれを口にした。
「うちの編集長は、ますいさんと組んだらと言ってましたが」
「はい、やりたいです」
えええっ!?
即答? ビックリした。まったく想定してなかった展開なんだけど。
「…本当っすか?」
「はい」
…でもこの人、けっこうおっちゃんだよね? 
「失礼ですけど、ますいさんって今おいくつです?」
「54です」
そういう年齢だよな。ま、去年のM─1の錦鯉の例があるし、年齢は気にするところではないが。
にしても漫才の誘いに即答でオッケーする54才ってどういう人なんだろう?
「マスイさんって、何をされてる方なんです?」
「んー、そう聞かれたら、エキストラの帝王になりますかね」
何だそりゃ!?
「映画とかドラマのエキストラに200本以上出てまして。そういうわけでエキストラの帝王を名乗ってエキストラの活動をしてます」
聞けば、エキストラ活動は20 11年から行っており、最初は三重に住んでいたため、撮影のたびに東京や大阪に出向いていたのだが、去年、一念発起し、拠点を東京に移したとか。
今は、神奈川の川崎の知り合いの家に居候させてもらっているという。
エキストラの帝王か。お笑いのほうの能力はまだ未知数だし、なぜM─1に興味があるのかもまだわからないが、とりあえずキャラは立っている。
「じゃあますいさん、まだ組む組まないは置いといて、一度お会いできませんか?」
「ぜひよろしくお願いします」
互いのスケジュールを確認し、翌週の平日の夕方、川崎駅の改札前で待ち合わせることになった。
「はい。芸能界に憧れてるんで」
当日、夕方5時。川崎駅の改札前には、ますいさんが先にやって来ていた。
「お待たせしました。いやー、先日はどうも」
「いえいえ。今日はよろしくお願いします」
深々と頭を下げてくる。R─1 の会場で会ったときよりも随分とかしこまった印象だ。
…って、なかなか派手なTシャツですな。こちらの視線に気づき、ますいさんが上着の前を大きく開いてくれる。中に着た赤いTシャツの胸元には、大きく『仮面』とプリントされている。
「これ、いま公開中の園子温監督の映画のTシャツでして」
「そうなんですね」
「『エッシャー通りの赤いポスト』っていう作品なんですが、その赤いポストのモデル、ぼくなんですよ」
有名な監督に目を付けられるなんて素敵じゃないの。
「もしかして出演されてるんです?」
「はい。通行人役のエキストラで」
そこもエキストラなのかよ。さすが帝王ですな。近くのファミレスに移動し、席に腰を下ろすと、ますいさんがおもむろに書類を取り出した。
「エキストラに応募するときは、こういうのを提出させてもらってるんで。一応、今日も持ってきたんですが」
宣材プロフィールだ。
『ますいたかみち』『誕生日:1967年11月7日』『出身地:三重県津市』『身長:172㎝』『体重:71キロ』──。
こちらをオーディションの面接官のように思ってるのかもな。もうちょっとフランクになってほしいな。
「じゃあ、下の名前で呼んでいいですか、たかみちさん」
「ぜんぜん、オッケーです」
「ほんとにM─1を目指してみたいんですか?」
「はい。芸能界に憧れてるんで」
そうくるか。
「ちなみに、この前R─1の予選を見に来られてたのは、誰か目当ての出場者がいたとか?」
「いや、入場料500円で1日潰せるからですね」
何だそりゃ? いや、ぜんぜんいいんだけど、何となく滑稽というか。
「そう言えば、お仕事って何されてるんです? エキストラの収入だけっすか?」
「いや、それだけだと厳しいんで。今は貯金を崩したり、あとはまぁその…」
パチンコのハンドルを回す素振りをする。ふむ、なかなか個性的だな。では、お笑いについて突っ込んで聞いていこう。
「漫才の経験ってあります?」
「まったくないです」
でも、エキストラはエキストラでも、帝王ってくらいだから、演技もちょっとはできたりするんじゃないかな?
「これまで、セリフをしゃべったりとかって経験あります?」
「ありますよ」
あるんだ!
「去年の秋、演劇の公開オーディションを受けたんです」
客を入れた会場の舞台で芝居を行い、そのステージが審査されるというオーディションらしい。
「そうそう、これがその演劇の脚本なんですが」
セリフが書かれたプリントを取り出し、寄こしてきた。ざっと読んだ感じ、ストーリーは、男と女の2人のけんかのような掛け合いで構成されたシリアスな寸劇だ。
「で、このときは、初対面の女性といきなりペアを組まされて、練習ゼロで演じたんです」
「一発本番はすごいっすね。いい演技経験、あるじゃないですか。ちなみにオーディションは通ったんです?」
「あっさり落ちました」
ずっこけるなぁ。それじゃダメじゃんよ。難しいオーディションだったってのはわかるけどさ。
「でもこれ、お客さんはけっこう笑ってくれてたんですよ」
「けっこう笑ってた?」
たかみちささんが、脚本の最後のほうの、『自由演技・感情を爆発させる』と書かれている箇所をなぞる。
「こう書かれていたんで、大声で絶叫して両手両足をバタバタ上げ下げしたんです」
「なるほど」
 
どこか天然っぽい雰囲気をまとった五十おっちゃんがステージで大暴れ、たしかに笑える気もする。シリアスな演劇じゃ、そりゃ使い物にならないだろうが。
そこで一つのアイデアが降りてきた。
「たかみちさん、じゃあぼくらもこういうのやりませんか?」
「はい?」

「ぼくが漫才のネタを作ります。それを2人で、ぶっつけ本番でやってみて、互いの相性がいいかそうでないかを決める。漫才オーディションってことになりますね」
 たかみちさんが表情を引き締め、こくりとうなずく。
 よし決まりだ。漫才のネタを作るのは久しぶりだ。いいの考えれるかな。

 ネタが完成したのは、2月に入ってからだった。
連絡を取り合い、再び川崎で会うことになった。
 当日、たかみちさんは前回同様、『仮面』のTシャツを着てきていた。そして開口一番、「今日は大切な日なんで。数日前から準備して、体調を整えて来ております」
 天然っぷりのほうも通常運転のようだ。
 駅そばのカラオケボックスへ。個室に入り、カバンからネタのプリントを2部取り出す。「これが作ってきたネタです」「はい」「もちろん、たかみちさんが読んで、こんなダメなネタじゃあ組めないと思ったら、その時点で蹴ってもらってもいいんで」
 たかみちさんは無言でうなずき、プリントに目を落とした。
 ネタのタイトルは『客引き』である。テーマを裏モノ系にしたのは、R─1での客ウケを踏まえ、オレの持ち味を一番活かせると思ったからだ。ボケはたかみちさんで、話芸のスタイルはコント漫才。肝心のストーリーは、終盤にどんでん返しを入れ、大オチのボケの動き方についてはあえて『自由演技・感情を爆発させる』としている。さて、どんな表現力を見せてくれるのか?
 たかみちさんが顔を上げた。「すごく脚本がいいです。豹変系のメリハリがいいですね」「ありがとうございます。じゃあ、漫才オーディション、さっそくいきましょうか」
 こちらが立ち上がると、たかみちさんも続く。
 しばし間をあけて、オレからしゃべりだした。
「どうもー。43才仙頭と」
「たかみち、54才」
「おっさんコンビ、なんちゃらと申します。よろしくお願いします」
 互いにプリントを片手に持ってるとは言え、2人ともやはりたどたどしさはある。
 ただ、たかみちさんは、感情を込めているのが伝わってくる。気合いが入っているからだろう、関西風のイントネーションが強めに出ており、これまた悪くない味だ。
 
そうこうしているうち、終盤へ。いよいよその『自由演技』までやってきた。
「…ノーっす、なんかコワイし、ノーっす! 案内、ノーっす!」
オレが後ずさりをすると、たかみちさんが詰め寄ってくる。
「店の案内はノーか。じゃあ、もうお前でええわ!」
そう言って、背後から両手でこちらの腰を押さえる。
「えええっっ! ノーノーノーノー!」
「うるさい! やらせろ!」
 
乱暴に自分のほうへと引き寄せるなり、立ちバックで腰を打ち付け始めた。
こういうカタチできましたか。ストーリーとしては合っているが、この人は54。この年齢で、中高生レベルのこういうバカをやり切れるってのは…後ろから突かれながら、ふと、去年のM─1の決勝戦の最終投票後に松っちゃんが言ってた「最後の最後は一番バカに入れようと思って錦鯉にしました」というコメントが頭に浮かんだ。
 
たかみちさんを突き飛ばし、自由演技を終わってもらった後、ラストのセリフを言う。ネタが最後まで辿り着いたところで、オレは思ったことを口に出した。
「オーディション、お疲れ様です。ぼくは、たかみちさんと組みたいです」
間髪入れずに返事がきた。
「ぼくももちろん。一生懸命頑張ります。よろしくお願いします」
コンビ、結成だ。コンビを結成した後は、そのまま練習を続けることに。読み合わせを重ね、セリフの修正も行っていく。
 
そして夜7時、カラオケボックスを出た。駅に向かってぶらっと歩き出す。
「さて、これからの予定なんですが、週1くらいで会って、とりあえずこのネタを練習していきましょう」
オレがそんな提案をすると、たかみちさんが足を止めた。
「コンビ名ってどうします?」
確かにそうだ。2人の関係が固まるし、さっさと決めたほうがいいよな。
自分の脳みそが言葉を探し始める。『仮面』の文字が目に入った。
「仮面かぁ…」
たかみちさんがさっと食いついてきた。
「仮面にします? 仮面だと、ぼくはめちゃくちゃ嬉しいですけど」
「でも、さすがにあんちょくな気もしますわ。リズムもいまいちですし」
「…そうですかぁ」
あからさまに落胆している。と次の瞬間、いい言葉が浮かんだ。
「たかみちさん、ぼく、高知県出身なんですけど。その高知県にゆかりのあるドラマに、スケバン刑事事2ってのがあるんですが、ご存じです?」

「もちろん、南野陽子が鉄仮面をかぶってる…」
 たかみちさんはそこまで言い、ニコっと笑った。
 新コンビ『鉄てっ仮か面めん』、M─1王者へ向かって出動である。

HON22-04[109]

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