
「できれば今いただけませんか?」
その後も希望者からのメールはポツポツと届いた。
だが、その内容といえば、
〈私はトランスジェンダーです。男性の精子を飲みたいです。ご協力していただければ謝礼をお支払いいたします〉
〈165センチ、48キロ。アパレル勤務です。よかったら連絡ください〉
とまあ、出会い系サイトかなにかと勘違いしたようなものが多く、返事をする気にもなれないのだ。
むろん、マジメなメールも来る。私、子供を欲する女性に中出しセックスで精子提供したボランティアです
〈はじめまして。妊娠の可能性を上げるため、何日か連続でのご対応は可能でしょうか?〉
だが、せっかくメールを返したのに、連絡が途絶えるパターンも結構ありイライラのしっぱなしだ。 そんななか、また1通メールが。
〈突然のメール、失礼します。●●県在住の●●と言います。子供を授かりたいのですが、パートナーに生殖機能がないため、こちらに連絡させていただきました。できればシリンジ法が希望です。大丈夫でしょうか?〉
すぐに返信した。
〈もちろんOKです〉
こうして彼女、B子さん(29才)とのやり取りが無事はじまった。
その最中に一度、ドキっとしたことがある。
〈実は私のパートナー、FTMなんです〉
FTMとは女性として生まれたものの、心は男性で、普段も男性として暮らしている人のことらしい。彼女のパートナーは、男性ホルモンを打っているため、ヒゲが生えており、服を脱がなければ本物の男にしか見えないという。
だが、女性として生まれている以上、当然チンコはない。なんか不憫だな…。
その後、やり取りを続けていくうち、急展開が。B子さんと直接会うことになったのだ。
シリンジ法で提供するにせよ、その前に一度、じっくり面談した方がお互いのためになると、双方で合意したからだ。
当日、B子さんの地元のカフェに行くと、どこからともなく声が。
「西田さんですよね?」
振り向いた先には、小柄な女性が立っていた。え、B子さん? めっちゃカワイイんだけど。
「わざわざ地元まで来てもらってありがとうございます」
席についてから、改めて礼を言う彼女。ついマジマジと見てしまうのは、彼女がキレイだからだけじゃない。いまだに信じられない思いがするからだ。あんなガバガバなサイトで知り合った男の精子な
んか、よく欲しがるよな。
彼女に尋ねてみる。
「なんで僕みたいな男を選んでくれたんですか?」
「やっぱり、ちゃんとしてるところですかね。西田さんって常識をわきまえてる印象がすごく強いんですよ」
たしかに、自分をそう見せるのは得意だけど、改まって言われるとうれしいものだ。
彼女とは妙に気が合うせいか、妊娠とは関係のない雑談をがっつり話し込んでしまった。気がつけば2時間も過ぎている。
彼女が笑顔で口を開ける。
「私、決めました。西田さんに提供をお願いすることにします」
「ありがとうございます。僕もできるだけ協力します。排卵日が近くなったらお酒を控えて待機しますよ。いつでも言ってください」
途端にモジモジしだすB子さん。ん、なんだ?
「あの、実は今日、体的にタイミングがぴったりなんです。できれば今いただけませんか?」
「え、精子を?」
「はい、専用容器もありますし」
こんなこともあろうかと用意してきたという。ちゃっかりしてるね。
まるで麻薬の取引みたい
シリンジ法で提供するにはオナニーは不可欠だ。てなわけで近くのショッピングモールへ。
まずは精子を受け取るプラスチック製の容器を持ち、私が男子トイレに入る。で、おもむろにシコシコと始めた。
3分ほどで射精に至った。プラ容器を少し傾けると、こってりした精液がどろりと動く。うん、よくわからんけどいい精子っぽい。
急いでトイレを出た先にはB子さんが待っていた。人目につかぬよう、彼女にそっと容器を渡したとき、思わず笑ってしまった。まるで麻薬の取引みたいだからだ。
B子さんが女子トイレに消えて約5分後、彼女が戻ってきた。
「ちゃんと入りました?」
「はい、たぶん…」
おぼつかない返事だが、ちゃんと説明書どおりにやったというので、ま、問題はなかろう。
嬉しい知らせが届いたのは、それから数カ月後のことだ。
〈安定期に入ったのでお知らせします! 西田さん、やりました! ただいま妊娠3カ月です!〉
そう、私の精子はあの日、B子さんの卵子に見事受精したのだ。
思わず興奮し、よっしゃ!とガッツポーズしたものの、すぐにそれは別の感情に取って代わった。これから生まれてくるB子さんと私の子供は、幸せになるんだろうか。パパ似かな。ママ似かな。
そうやって温かい気持ちになったかと思えば、急に切なくなったり。なにせ、その子に会えるかどうかはわからないのだ(B子さんが許可すれば会える)。
精子提供というのはまったく因果なものだ。
また提供していただくことはできませんか
私にはもうひとり、精子提供した女性がいる。タイミング法希望のC子さん、30才だ。
彼女はまだ結婚3年目の新婚ホヤホヤなのだが、夫が極度のセックス嫌いで将来的な子作りが絶望的だという。
そういうことなら、まず夫の精子を採取し、シリンジ法で着床させようとするのがスジだが、どうしても私がいいと言ってきかないので、会うことになったのだ。きっと何か、言えない事情があるのだろう。
そもそも彼女は夫から精子提供の利用についての了承はもらっているものの、タイミング法のことはヒミツにしているらしい。
去年、彼女と初めて対面したきはあまりの可愛さに面食らってしまった。なんたって下手なアイドルよりずっと美形なのだ。もしや精子提供希望者ってみんな美人揃いなのか?
(いや、単なる偶然だろう)
C子さんとはファミレスでしばしおしゃべりしたあと、ラブホに向かった。A子さんのときとまったく同じ流れだ。ただし、その後の展開はA子さんのときと大きく異なった。
C子さんとは早い段階でLINE交換をしており、最初の精子提供後も交流は続いていた。
〈前回していただいた提供は、どうやら失敗みたいです…〉
ある日、彼女からLINEが届いた。
〈そうですか。残念でしたね〉
〈お願いがあるんですけど〉
〈どうしました?〉
〈また提供していただくことはできませんか〉
こんな美女に二度誘いを受けるなんて光栄極まりない。
そんなわけで、二度目のトライを敢行した結果、吉報が届いた。
言うまでもなく、C子さんがご懐妊したのである。感無量だ。またひとり、私の分身が生まれるとは。だが、喜んでばかりもいられない。実は彼女、妊娠発覚後に夫との仲が急激に悪化したのだ。原因は夫がC子さんに「やっぱり子供はいらない、中絶しろ」と迫ったから。現在、C子さんは離婚も視野に入れ、赤ちゃんは出産すると言っているが、こういうトラブルこそ、精子提供が本質的に抱える問題なのではなかろうか。
私に出来ることは父親として、赤ちゃんの無事をただただ祈るより他ない。
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