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もしヤクザに弱みを握られ、大金を脅しとられたら、皆さんはどうするだろう。
泣き寝入りするか、警察に訴えるか。
いずれにせよ、個人的に仕返しを考える人など皆無に近いだろう。一般人がプロに刃向かっても、逆に大きな傷を負うのがオチ。それが常識というものだ。
しかし、私はどうしても許せなかった・温泉街で美人局にハメられ、大金を脅し取られた屈辱。私を編したヤクザに報復を果たさずにはいられなかった。

旅行代理店に勤務する私が、会社の社員を引率、××温泉の旅館に出かけたのは今から2年前のことだ。みな研究員とあってか、物静かな人が多い。コンパニオンを配した宴会も盛り上がりにはほど遠い状況だった。
添乗員の私は笑顔でお酌に回り、自ら歌を唄った。少しでも場を明るくするためだが、コンパニオンのチーママが高橋ひとみ似の美人とあって、いささかハシャいでいたのも事実だ。
「さっきはありがとう」
宴会が終わり、ロビーで一息ついてたところで声をかけられた。チーママだった。
「今日のお客さん、大人しかったので助かりました」
「ええんです。仕事やし」
「今後も晶眉にしてください・ここは都会のお客さんがおらんと何もできないですから」
歳は27、28か。身長160前後の細身で、スーツの下からフエロモンがムンムン漂ってくる・にしても、ええ女やなぁ。
下心があったのは否定しない。だから、軽く口が開いた。
「あの、ドコかいい飲み屋さん、案内してくれません?次のお客さんにも紹介したいし」
「え-、今日のお客さん、放っておいてもいいの」
「あはは。みんなカラオケ行く言うてたし」
「…そしたら後で電話しますので、携帯教えてもらえます?」
「一え?。」
正直、驚いた。添乗員と懇意にしておくのは、彼女にとってもメリットは少なくない。が、まさか個人的とも言える誘いに乗ってくるとは・私は俄然、浮き足だった。部屋で旅館差し入れのオニギリを
食し、支店への報告書を書き上げること1時間。ブルルルルと携帯のパイプが鳴った。チーママからだった。すでに小料理屋で待っているらしい。
慌てて浴衣を剥ぎ取り、ジーンズに着替えて旅館を飛び出した。
それがよもや不幸の始まりだったとは、気づくはずもない。
川岸の石垣伝いに小走りで10分。濃紺の古びた暖簾をくぐると、カウンターの奥にラフな私服姿の彼女がいた・名は千里(仮名)というらしい。
地元出身で、短大時代は私の実家で過ごしたらしい。
お酌を交わしつつ目の前の美人の話に耳を傾ける。長い添乗員生活でもなかなか巡り会えない幸運。何としてもモノにしてやる。
果たして、願いは叶った・1時間半ほど冷酒を飲み交わし、すっかり打ち解けたところで、私と女は店を出てホテルに足を向ける。ごくごく自然な流れだった。
事態が一変したのは、彼女の肉体を味わい、満足気にビールを飲んでいたときだった。ドンドン
突然、入り口のドアが鳴った。誰だ?
「すんません・大和屋ですが」
大和屋?なぜ旅館の人間が私の居場所を知っている。もしかして、客にトラブルでもあったか。
慌てて扉を開けると、見知らぬパンチ頭が立っていた。下はジャージ、上はカステルバジャックのセーター。見るからに、その筋の男だ。
「こら、自分が何しでかしたかわかつとんのやる」
「は?」
「人の商売道具に手え出しくさって、トボけんのか、のぉ?」
美人局だ…。一気に体から血の気が失せていく。振り返り女を見たが、布団を被って動こうともしない。そのとき、
「アイダダダダ…」
脇にいた2人の子分格が、私の右腕を背中の方に絞り上げた。
「な、なにすんですか」
「こいや〜!」
口にさるぐつわをハメられ、問答無用で黒塗りの中古ベンツに乗せられた。
「事務所で話すよって」
「oooo」
「別に殺さへんし、そうこわがるな。兄さん、いくつでんねん?30ぐらいか?」
「うぐっ…」
「ほお。ワシとそげかわらんのぉ。で、あれか。添乗員さんは、アチコチで豆さんを好き勝手しとるんか。おっ!」
パンチの堅い拳が下腹部に飛ぶ。
強烈な痛み、そして恐怖が体を支配する。
車が朽ちた雑居ビルの前で停車すると、男達は私をガムテープで後ろ手に縛り、2階の一室に放り
込んだ。もはや動く気力もない。口の中に、泡みたいな唾が大量に溢れ出ている
それから、どれだけ時間が過ぎたかわからない。突然、扉が開き、パンチ頭がさるぐつわをほどいた
「この先、どうなるか、わかつとうか?」
ドスの利いた声でヤシは言う・選択肢は2つ
・80万払って無事に帰るか、人生を棒に振るか。そ、そんなもの答は一つしかない。
「か、必ず払いますから1週間待ってください・親に借りてでも、絶対にお支払いしますから勘弁してください」
地面に額をこすりつけ、私は懇願した。
「そうか。話、わかってくれたか。ならええんや」
ようやくガムテープから解放されたが、足がすくんで立ちあがれない。
体も震えたままだ。
それでも、どうにか事務所を這い出た私に、背後からパンチが下品に笑った。
「おのれのチンチン、小さかつたってなぁ。ハハハ」
屈辱で、思わず涙がこぼれ出た。
翌日、帰すると同時に金策に走った。身元はぜんぷ押さえられている。
逃げようがない。
警察に連絡する気はなかった。ハメられたとはいえ、女を抱いたのは確か。
事が明るみになれば、会社にいられなくなるのはもちろん、次の職場も見つからないだろう。とにかく、ここは金を工面するしかないのだ・でも、80万なんて大金をどうやって?
悩んだ挙げ句、私は、あろうことか自社の倉庫から、AD(代理店割引券)とSF(株主優待券)を盗み出し金券ショップに横流ししてしまう。
管理の甘い我が社のこと、発覚する恐れはないと踏んだ。
5日後、指定の口座に金を振り込む・再度、脅されたら、覚悟を決めて警察に駆け込むつもりだったが、1カ月が過ぎてもその気配はない。
これでよかったのだ。このまま何事もなかったように暮らしていけばいい

私は無理矢理自分を納得させようと努力した・が、できなかった・布団に入るたびパンチの顔が頭に浮かび、腸が煮えくりかえって仕方がないのだ。
怒りは日を追うごとに増幅していった・許せない。絶対に許せない。す
でに、心の中には復讐の2文字がしっかり浮かび上がっている。
だが、相手はヤクザ・マトモに喧嘩しても勝ち目はない。何かいい手段はないか。
幸か不幸か、私は、月に一度は仕事で××温泉に足を運ぶ。まずは、地元のサブ代理店(子会社みたいなもの)にコンパニオン業者の裏を探らせてみたらどうだろう。
1週間後、再び××に出向いた私は、ツアーの空き時間を利用して代理店を訪れた。狭い店内には、
人のよさそうなオヤジが座っている。
「あのな、今日は、ちと調査に来てんねんけど」
「ええ、なんのです?」
「本社に、客から苦情が出ててな・ハニーレディ(仮名)ってコンパニオン業者知っとるやろ。あの後ろってドコなん?」
「たぶん組(仮名)やと思いますけど…」
「責任者ってわかる?」
「さあ、そこまでは…」
美人局の被害者がいれば、何らかの情報が出回っていると思ったが、とりあえずその様子はなさそうだ。
「タクシーの運ちゃんか旅館の番頭さんにそれとなく聞いといてくれへんかな?資料作らなあかんねん」
「わかりました」
地方と都市部の代理店は互いの営業のため、情報交換を盛んに行っている。
特定の業者を調べたところで、不審がられる怖れはない。
1カ月後。再び温泉街の代理店を訪ねると、予想以上の成果が上がっていた。責任者の名は三島(仮名)・組の幹部で、組からコンパニオンとストリップ劇場を任されているという。
千里は三島の情婦らしい。狙いは決まった・報復は、三島が最も痛手を被るであろう、ヤシのシノギを潰すことだ。
××温泉には、ハニーレディ以外に2つのコンパニオン業者が存在している。
いずれも在籍30人前後でサービス、料金ともに内容は横並びだ。
が、ここ最近、その均衡が崩れ始めているらしい。ハニーレディの女が簡単に寝るという噂が広まり、人気が集中しているのだ。
私はまず手始めに、全国の旅行代理店が利用するネットワークにハニーレディの警戒情報を流した・業界内で非サービスリストと呼ばれるもので、掲載された店はNGの略印を押される。
効果は少なからず期待できるはずだ。
が、まだまだ甘っちよろい・コンパニオン業者をヘコませるには、何と言ってもNOSHOW、早い話がドタキャンだ。
予約作業は通常、旅館や旅行代理店から行われる。その際、「レート値段)」や「1.5(1時間半こなど、専門用語を駆使すれば、相手は何の疑いもなく偽予約を受け付けるはず。1日10名の予約をキャンセルするだけで7〜8万の損害はカタイ。狭い温泉街だから、信用もガタ落ちだ。こうした地味なイヤがらせを企てる一方で、私は一つの計画を推し進めていた。
私のお得意さんに、一家を構える組(仮名)なるヤクザがいる。
これまで何度か温泉旅行を世話し、そのたび緊張を強いられていたのだが、彼らを××温泉に連れていきひと騒動起こさせるのだ。
若頭・城島(仮名)は大の女好きである。耳元で「すぐにヤレますよ」
千里の噂を吹き込めば、その気になるに違いない。そして、そこに三島らが乗り込んできたら…。
我ながら大胆な計画とは思ったが、田舎ヤクザの三島が、団体の若頭を前に平身低頭している姿を想像するだけで笑いが止まらない。実行あるのみだ。

私は組員を引き連れ、××温泉のあるZ駅に降り立った。
薄紅色の送迎バスに全員を乗せ、ホテルにチェックイン・全員にルームキーを手渡した後、ハニーレディに予約確認の電話を入れる。
「もしもし、○▼ツーリストの森田です。宴会のコンファームお願いします」
「リスト出しますのでお待ちください。…え〜つと、8名スーツで、2名バニーガールでよろしいですね」
電話の相手は千里だった。少し声がヤツれているが間違いない。
午後6時、宴会が始まった。今回私は、城島に一声かけ、酒の席から外してもらってる。チーママを狙えと伝え、あとは運を天に任せるだけだ。
が、こういうときに限って、うまく事が運ばない。若頭が突然私を宴席に呼びだし、カラオケの進行役をやるよう命じたのだ。
恐る恐る舞台のそばに立つと、会場からヒューヒュー声が飛んできた。
みな、相当、酔っ払っているようだ。肝心の千里は…、しっかり若頭がキープしている。
「え〜、それでは進行役を務めさせてもらいます森田と…」
正直、生きた心地がしない・千里に気づかれたら一巻の終わりだ。
翌朝は5時に目が覚めた。城島と千里はあの後どうなったのか・気になって仕方ない。
8時。朝食会場に城島が現れた。
目をこすっているが、さほど変わった様子はない。
「おはようございます。昨晩はいかがでした?」
下卑た笑いを浮かべ、遠まわしに探りをいれた。
「いや〜、ほんまにエ口い女やったわ。森田君も一緒に楽しんだらよかったのに、あははは」
何たること、聞けば若頭は、酒で前後不覚になった千里を外に連れ出し、駐車場の裏で強引にヤった挙句、文句があるなら大阪の事務所まで来いと捨て台詞を吐いたという
私は、ただ顔を引きつらせながら笑うしかない。
計画は見事に失敗した・が、一方でイヤガラセの効果は確実に出ていた。
地元代理店の話では、年明けごろからハニーレディの客足が激減、在籍している女のコも次々止めているという。
さぞ、三島の組内での立場も危うくなっているに違いない。
しかし、ヤツのもう一つのシノギで
あるストリップ劇場は、そこそこ賑わっているらしい。温泉街にありがちなショボイ劇場ではなく、過激なSMショーを売りに観光客以外にも客を呼び、週末になると座席が埋まることも珍しくないという。
どんな手を使ってもいい。そのストリップ劇場を潰すことはできないものか。
警察へ密告するのも一つの手だ。が、あれだけ繁盛して、これまで警察が動いてないことから考えれば、三島が地元署に手を回しているのは間違いない。
もうそろそろ手を引いた方が正解かもしれない。完全に溜飲が下がったわけではないが、これ以上動いて、本業に支障をきたすのも問題だ。
くすぶった怒りを抱えたまま、仕事に没頭していたある日、親戚にとんでもない上客を紹介してもらった。
警友会。警察OBで作った親睦団体で、今回は5名ばかりの有志旅行を世話してほしいという。
絵はすぐに浮かんだ・彼らを××温泉のストリップ劇場に連れて行き、過激なSMやまな板ショーを見せたらどうだろう。
管轄は遠く離れているが、警察は縦の関係が絶対と聞く。少なからず影響は出るのではなかろうか。
旅行当日。私は警友会一行を特別チャーターの豪華バスに乗せ、お寺、海岸、温泉にと案内した。
彼らは終始ご機嫌だった・当然である。通常の半額近い料金で、豪華な食事まで用意させたのだ。行きの電車では終始無言だった元警部も、宴会では大はしゃぎだ。
「みなさん、この後はいかがしましょうか。外にいいお店があるんですが」
「若いオナゴはおるんか」
「わかりました・大阪から奥さん、呼んできますわ」
「アカン、アカン、ガハハ」
タクシーを呼び、ストリップ劇場に出向いたのが午後10時。断られるかと心配もあったが、酒の威力は強い。
みな、すんなりと席に付いてくれた。客の入りは4割強というところか。
5人は最初、顔をにやつかせながらステージを楽しんでいた・が、その中身が過激になっていくにつれ、しだに表情から笑みが消え、ついに「男と女のアナルバイブショー」で、元警部が苦々しく言い放った。
「有名ストリップでも、ここまでようせんわ。たいがいにせえよ」
場の雰囲気を察した私は、5人を外に連れ出し、口直しのスナックへと案内した。誰もストリップのことは一言も触れなかった。
数カ月後、再び××温泉に出向いて腰を抜かした。ストリップ劇場が跡形もなく取り壊されていたのだ。
「ああ、年末に手入れ入ったんですわ」
サブ代理店の人間が、事も無げに言う。話が回った結果だろうか。それとも自滅か。いずれにせよ三島はこれで終わったに違いない。
そして、私は今年の春になって、偶然ヤツを目撃する。ヨレヨレのカステルバジャックを着て、場末のスナックで荒れ狂うように酒を飲む男。なぜか、足下には松葉杖が置かれていた。
「この先、どうなるか、わかつとうか?」
脅した台詞を、そのとき私は心の中で静かに咳いた。
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