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単にシティホテルでヤッとるのから、ストーリーっぽいのまで、全部で20タイトルほど揃っとった。どれもなかなかヌ ケるんですわ。値段は1本5千円やったかな。 
結局、20タイトル全部買いましたわ。
いや、自分で見るためだけやありまへん。そのころワシ、スナック勤めとって、自分の店を出す資金が欲しかったんですわ。つまり、これをダビングして誰かに売ろう、いうハラづもりです。
簡単やないですか。べータとVHSのデッキを2台ずつ使うて、ビデオをコスり(業界用語でダビングの意)まくりゃええだけですもん。ほとんどマスター同然のクリアな映像やし、1本ー万円ぐらいの値段付けても買うヤツはおるやろて。
狙いどおりでしたわ、知り合 いの喫茶店とか飲み屋に営業かけたら、これが売れる売れる。
八百屋のオヤジなんか、値段も聞かずに「10万出すから売ってくれ」って(笑)。 
どうやろ。ものの1カ月で40、 50万は稼いだんとちゃいますかね。大卒の初任給が12万やった時代ですよ。あんまりウマ過ぎてヘソで茶が沸きそうになりましたわ。
すぐに店を辞めて、裏ビデオ屋やるハラ固めました。
やり方 はようわからんけど、何とかなるやろって。
最初にやったのは「試写屋」 です。自分のマンションに客を呼んで、その場でビデオを見せながら、欲しい作品を買ってもらうっちゆう当時の大阪独特の商売ですわ。まずミナミにマンション借りて、電話回線と、VHSとべータのビデオデッキをそれぞれ10台ほど揃えた後、時給1千円で3人ほどバイトを雇いました。かかった費用は200万ぐらいやったかな。 
で、4つのスポーツ新聞に広告を打った。
「秘蔵v ー本ー万円」みたいな感じで、費用は50万ほどかかったんちゃうかったかなあ。ちょっとここは勝負いう感じやったんですけど、 正解でしたよ。だって掲載初日から間い合わせの電話がジャン ジャンかかってくるんですもん。もうほんま、テレクラ状態ですわ。 
例えば客に「オタク、ウラ専門ですか?」って聞かれたら、 堂々と「うちはホンモノしか置いてませんよ。来てもろたらわかります。××駅まで来てくれたらまた電話ください」って答えて、いったん切る。
で、また同じ客から電話かかってきたら
この角曲がって、 タバコ屋の3軒となりの茶色マンションですから
みたいな感じでマンションの場所を教えて、その場で作品を見せればええと。バカバカしいほど簡単な商売ですわ。でもこれが死ぬほど儲かるから笑いが止まらりまへんのや。 まず、経費いうても製造原価はいくらもかかりゃしません。 最初にータイトルにつき10本ほどマスターテープを買ったら、 あとは1300円の生テープにコスりつけるだけ。まあ人件費やら電気代とかを上乗せしても 1本あたり2000円ぐらいのもんでっしゃろ。 対して売値はー本ー万円やか ら、ほぼ8割近い純益が出る。
ね、こんな原価率が低い商売、 他には見あたらんでしょ。
で、これが1日に何本売れると思います?
多いときで50 本、少ないときでも30本ですよ。
自分はただ事務所に座ってるだけで、1カ月に800万近くは転がり込んでくる。20代半ばのガキにしてみたらドエライことですわ。まあ、ネタが良かったいうのが大きいでしょうね。私の場合はさっきの友達の他にもカバン屋から売れ筋の作品をバンバン回してもろとったからね。
カバン屋いうんは、制作グループや輸入元と直でつながっとる連中のことですわ。リリースの情報から、全国の流通経路までを、ヤツらが全部牛耳っとる。 逆にいえばこいつらにコネがなければ、裏ビデオ屋なんかできんのです。
私、10社ほどあった大手のカバン屋をぜんぶ押さえてましたから。まあ、ウチの新聞広告見て向こうが勝手に「買ってください」って営業に来よっただけやけど(笑)。 
もうーつ。同業者が口クにいないのも大きかった。当時は誰も裏ビデオがボロイと思ってなくて、ヤクザも絡んでこなかったんです。当然、ショバ代も一 切なし。今じゃとても考えられませんわな。 

新地のクラブをハシゴし、 風呂代わりにソープへ
試写屋始めて半年ほど経った ころ、国産のオリジナルモノの大ブームが来ました。
「洗濯屋ケンちゃん」の時代ですわ。 売れ行きはそりゃあスゴかったですよ。
来る客来る客、「ケンちゃん」「ケンちゃん」って。 中には中学のガキや、吉本新喜劇のもおりましたかね。在庫が切れたときなんか、 客をー時間以上待たせて、裏でこっそりコスってました。 
ウチの店だけでも5千本は売れたんちゃうかな。たぶん大阪で出回ったケンちゃんの3割は私がサバいたはずですよ。
他にも良い作品はいっばい りましたよ。
コンバットスーツ を着た男たちが山荘に押し込んで女を輪かんしまくる「襲撃」に、 当時珍しかった3P4Pモノの 「終冬」。
東京のグループいう制作者が撮った「4人でいいとも」なんてのもあったな。特に「終冬」なんかはケンちゃんと変わらないぐらい売れました かね。いい時代だったんでしようね。
試写でダマシやないってわかったら、みんな必ずー本、金持ってそうなヤツは2本、3本と平気で買っていくんですも ん。冷やかしとか、タダで見たれなんてヤツは1人もいない。
とにかく客がスレてなかったんですよね。 クレームなんかもほとんどありませんでしたね。
たまに「写り悪いんちゃう」なんて生意気なこと言うヤツもおるけど、 「これがウチの最高画質です。 他行っても変わりませんで」って言や「ならしゃあないな」で終わり。ほんまラクな商売でし たわ。 
氏の当時の月収は3千万。 
20代半ばの青年がこれだけの大金を手にしたら、マトモな金銭感覚など失われるはずだ。 
果たして、氏は稼いだ金をどう使っていたのか。
「本来なら副業でもやってマネーロンダリングすりゃよかったんでしょうけど、税金対策が面倒くさくてね、稼いだそばから酒と女、それとバクチに突っ込んでましたわ。特に女は毎晩ですわ。新地の高級クラブ梯子して、風呂代わりにソープに行っとって。それこそいくら使ったかわかりませんな」 
しかし、好事魔多し。開業7年目、向かう ところ敵なしだった原田氏に不穏な空気が漂い始める。
大阪府警による捜査の手が伸びてきたのだ。

チンコロしたら、 ニ度と業界には戻れない 
実はそれ以前にも、警察には2度ほど店を調べられとるんで す。
部屋の名義人のところに刑事が訪ねて来たりとかね。まあその度に店を閉めて、どうにかガサ入れだけは免れとったんですわ。 
ところが、このころ、作品の名前だけ聞いてガチャ切りするようなヘンな電話がかかってき始めててね。なんかオカシイなと思ってた矢先、奇妙なことが起きたんですわ。
その日、私、ちょうど用事で外に出かけてたんですけど、店に電話をかけたら誰も出ないんですよ。営業時間はとっくに過ぎてるのにおかしい。すぐにピンと来ましたよ。ガサが入ったんだって。
ソッコーでバックれましたよ。後で名義人に話を聞いたら、やっばりガサが入っとったんですけどね。それから3カ月ほど経ちまし たかね、隠れていた女の家のベルがピンポーンって鳴ったんで、「誰や」ってドアを開けたら、刑事が5人
「もうブツはあがっとるぞ」ってなだれ込んできた。お手上げですわ。
 取り調べでは同じことばっか聞かれましたわ。
「誰からビデオを買い取ったんや、卸元がおるやろ」って。要は、私をとっかかりに制作グループをアゲたかったみたいなんですな。
吐いたのかって?アホ言わんでくださいよ。チンコ口なんかしたら2度とこの業界に戻れないですからね。こんな美味しいシノギですよ。一、ニ度パクられたぐらいでやめられますかいな。
当然、刑事にはがんがん突っ込まれましたけど、一切「知らん」で押し通して。
最後はそれすらダルくなって、「マンションに押し売りに来られたから買った」とかワケわかんないこと言うてましたわ(笑)。
 結局、このときは猥褻画像販売の罪で3年、執行猶予2年で 出てこれたのかな。ただ、さす がに弁当当つきで裏ビデオ屋は再開できんでしょ。貯めた金もあったし、しばらくのんびりすることにしましたわ。
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