
地元の短大卒業後、モデルを目指して上京。どうにかオーディションに合格し、事務所に入ったものの、肝心の仕事にあり付けない。
日に日に生活は窮し、いよいよ電気代も払えなくなったところで、私はアルバイトを始めた。
勤め先はヘルス「チューリップ(仮名)」
生活費にレッスン代を稼げればいい。その程度で足を踏み入れたものの、いざ働き出すと、バリバリ指名が入る人気ぶり。月収はすぐに100万を超えた。
こんなに簡単に稼げるなら、バカらしくてモデルなどやってられない。事務所を辞めたのは、入店2カ月後のことだった。
ところで、なぜ私がそんなに指名を取れたのか。スタイル抜群、顔もそこそこだったから?とんでもない。一番の理由は、私が顔出しOKな女だったからだ。
来店時の写真指名もさることながら、店のHPにアップされた写真を見ての予約が大きい。あとは風俗情報誌。掲載された月はドーンと指名が増えた。
どうせ、親元から遠く離れ生活する身。顔出しなんかへツチャラだった。
そんな私だから、店長に例の話を持ちかけられたときも、むしろ喜んだぐらいだ。
「テレビに出るって、どんな番組?まさかTOKIOとかに会えちゃったりするの?」
「ドキュメンタリーだよ。番組やってるの知らない?」
ドキュメンタリー?よくわかんないけど、何かジジくさそうだなぁ…。
「そんな顔するなよ・せっかくの話だしさ。だいいちテレビに出たら指名も増えるぜぇ」
「ふん。でも、アタシなんか取り上げて、面白いのかな」
「さなえちゃんのこと先方に話したら、企画にピッタリだって。とりあえす明日会ってみようよ」
「うん」
まだ軽い気持ちだった。
翌日、店長に連れられて行ったファミレスに、1人の男が私を待っていた。カジュアルな服装。
「キミが例の娘か。かわいいね。よろしく」
近田(仮名)と名乗る男の差し出す名刺にはリサーチャーとあった。取材前に下調べを行うのが仕事らしい。
「これ風俗で働く4人の女性をとりあげたドキュメンタリーでね、その1人として紹介したいんだ」
「はあ…」
「とりあえず、これを見てほしいんだけど」
近田が企画害をテーブルに差し出す。その頁を開き、思わず私は目をむいた。
東京二重生活
①キャバクラ…
②スナック…
③ソープ嬢…
④ヘルス嬢…昼間はOL。夜はヘルスで働く女
④が私であることは明らか。でも、昼間はOLってなに?20才ってなに?
「あれ?店長さんから聞いてない?まいったな」
すかさず店長を脱むと、彼は目をそらして言った。
「ホ、ホラ、キミ、昔OLしてたっていうもんだから…」
「でも、そんなの前の話ですよ」
「まあまあ、さなえちゃん、細かいことはいいじゃない」
店長をかばう近田。なるほど、もう話はできてるワケだ。
「ってことは、私、どっかで働かされるんですか?」
「いや、それはムリだから、ちょこっと設定を変えるだけでいいと思うんだよね」
「設定を変える?」
「うん、だから、さなえちゃんに協力してもらいたいんだよ…」
店長の訴えるような眼差しを見て、やっと気ついた。私が出演するのは、ヤラセの番組なのだ。
広告代理店の重役秘書なんてどう?
2日後。同じファミレスで近田と会った
懇願されては、たとえ出演料が3万でも断るわけにはいかない。いや、正直に言う と、テレビに出てみたい、という好奇心があったのも事実。
最悪、 指名が増えれば儲けモンぐらいの気持ちだった。
「卒業後、18才で青森から上京したってことにしようか」
「はい、わかりました」
「で、歳なんだけど、やっぱ25才で風俗ってのは視聴者がシラけるから20才ってことにしようよ」
25才で風俗やってて悪かったわね〜。
「仕事は何がいいかな?」
「うん。どうせアタシ、わからないから何でもいいですよ」
「じゃあ、広告代理店なんかどうかな?オシャレだし」
「はあ・・・」
「重役秘書なんかいいね。秘書がヘルス嬢なんて面白いじゃない。うん、それでいこう」
「でも、撮影とかはどうするんですか?」
「ま、それはコッチに任せてよ」
その後、会社の規模、上司、同僚、内容など、かなり詳しいディテールまで決め、私が演じるさなえが出来上がった。でも、気になることが一つ。広告代理店で働く女が、どうしてへルスで働いてるの?
「大丈夫。それはもう決めてある」
近田は言った。無免許で友人宅の車を運転したさなえは衝突事故を起こす。友人にケガをさせ、その入院費用や示談金で膨らんだ借金額が400万。当然、OLの給料では返済できず、悩んだ彼女は、アフター5をヘルスで働きはじめる!
「でさ、いま話したプロフィールをウチのスタッフたちと会うまでに覚えておいてもらいたいんだよね」
数日後の朝.私は撮影スタッフを待っていた。
めちゃくちゃブルー。緊張しているわけじゃない。スタッフにウソをつき通せるか不安なのだ
私は近田の言葉を何度も頭で反すうしていた。
「へンなことを聞かれたら、もう辞めます、とかいって出ていいから。くれぐれも余計なことを言わないようにね」
普通、ヤラセといえば、現場でスタッフの主導で行われるようなイメージがあるが、どうも違うらしい。今回の一件を知るのは内部でも近田を含め、ごく少数で現場スタッフはディレクターをはじめ、カメラマン、AD等々、全く知らされていないという。
どういう理由なのかはわからない。が、近田の口振りからすると、彼らが外部プロダクションだということが関係しているらしい。
ほどなく、ディレクターの宮本(仮名)をはじめ、撮影スタッフが現れた。
「よろしくお願いします。まずは会社に出勤する姿から撮りましょうか」
「は、はい」
近田との打ち合わせどおり、雑踏を歩き、ある雑居ビルの前で足を止めた。もちろん、カメラは回ったままだ。
「あれが会社?」
「ええ」
宮本の質問に思わず目を伏せた。
それもそのはず、あのビルにあるのは「チューリップ」の関連会社アグレッシブ(仮名)。広告代理店とは似ても似つかぬオフィスには、タオルやローションが山積みになっているはずだ。
「勤務中の姿を撮りたいんだけど、ムリかな。盗撮でもいいからさ」
「む、ムリ。絶対ムリ。今日は有給だし、バレたらクビだし…。だったらアタシ、もう辞めさせても
らいますから」
強硬な私の態度に、ディレクターもあきらめた様子。ほっと安心、と思いきや、
「さなえちゃん、会社って何階にあるの?」
「え?さ、3階…かな」
「ふ-ん…」
いぶかしそうにビルを見上げる宮本
心臓をバクバクさせる私。
だって、親会社なんて行ったことないから、わかんないよ。
「カメラマンさん、3階の窓にズームください。それ終わったら撤収ね」
寿命が縮まった。あとで聞いた話では、アグレッズフは6階、3階は縁もゆかりもないどっかの印
刷会社だったらしい。
とにかく、宮本らスタッフにウソがバレてはいけない。撮影中、私はそのことばかり気にかけてい
た。が、どうもそれは私の勘違いだったようだ。
撮影の途中、宮本が突然、こな提案をしてきた。
「やっぱりさ、この近くで1人暮らししてるって設定に変えてもいいかな?」
当時、私は東京・大久保に住む女友だちのワンルームマンションに居候していたのだが、彼の説明
では、一人暮らしの方が絵になるという。
「だったら、チューリップの寮を使ったらどうでしょう?」
結局店長の提案で、同僚・アミ(仮名)の部屋で撮影再開。出勤前の身支度シーンに続き、休憩を挟んで、会社を出て店に向う姿を撮られた後、いよいよへルス嬢としての仕事ぶりを撮影することになった。
「お仕事ですか?」
「は、はい…」
客を個室まで案内、バスタオルー枚でシャワーの湯加減を見る私をレンズが追う。
「お湯、熱くありませんか?」
「ええ、まあ…」
「はい、カッートー.」
突然、ディレクターが割って入ってきた。
「ちょっと表情が硬いね」
客に注文を付ける宮本。
「す、すいません。オレ、テレビ初めてで緊張しちゃって」
「もっと自然にやってくれないと困るよ-」
自然にやれという方がムリな話だ。だってその客、私服に着替えた店の従業員なんだもん。
この後は、タクシーで帰宅するシーンを収め、再びアミの部屋へ。
いよいよ撮影も大詰めだ。
自宅でくつろぎながらのインタビューで、なぜOLとヘルス嬢という二足のワラジを履いているかという謎について、さなえが重い口を開く。このドキュメンタリーのヤマ場である。
「アタシ、無免許だったのに友だちの車を運転しちゃって事故をおこして…」
何度も練習してきたセリフを、感情を込めて吐き出す。我ながら名演技だ。
「どこで事故を?」
「それは…。駐車場の中で、友だちもたいしたケガじゃなかったので、示談に応じてくれて…」
これはアドリブだった。
「もう…アタシ…こんな生活続けていく自信がありません!」
OLと夜の仕事で、肉体的にも精神的にもボロボロ。私はもう1人のさなえになりきっていた。
「それじゃ、もうどちらかに選ばなきゃいけないね」
「は.は、はい。そうかもしれませんね」
何を言いたいんだ、このディレクター。
「もしかしたら昼の仕事は限界じゃないのかな」
逆らえないようなムードで宮本が見つめる。このとき改めて思った。やっぱり、彼らもこの番組がヤラセだと知ってるんだ!
「そう…ですね…もう辞めます。アタシ、辞めます」
「そうか。それじゃ善は急げだよ。退職届書こうか。さなえちゃん、持ってる?」
「い一え…」
「おーい、ADコンビニで便萎と封筒買ってきてくれ」
「はい」
私は涙ながらに、退職願を書いてみせた。さぞやいい絵が撮れたに違いない。
「はい、オーケー!さなえちゃん、バッチリだったよ」
インタビューが終わると、退職届は、小道具のようにADが回収した
オンエア当日、私はまともにVTRを見ることができなかった。自分の白々しい演技にむしずが走るのだ。
全てはそれで終わるはずだった。
しかし、その3週間後のスポーツ紙の一面に、デカデカと見出しが踊る。
店の誰かがリークしたのだろうか。確かにチクリたくなるほど、デタラメな内容だ。
でも、私には関係ない。そう思っていたら、紙面で事情をよく知るA氏なる人物が、とんでもないことをコメントしていたから驚きだ。
『このヘルス嬢は、借金返済に苦しむOLなどではなく、ホストに八マリ借金を作ったんです。自分の部屋も持てず、友人の家を転々としてる生活で、家のシーンは誰か別の子の部屋を使ってるんじゃないですか』
誰がホスト狂いよ!ウソ八百書いて、コレって名誉設損じゃん.なんで私がこんなこと言われきゃいけないの!
「あ、さなえちゃん!読んだ?あんなの気にしちゃダメだよ!」
その夜、近田が慌しい声で電話をかけてきた。
「気にしますよ!アタシ、ホスト狂いって書かれてるんですよ!」
「大丈夫。うまくやるから。さなえちゃんは、ちゃんとあの会社に勤めてるってことにしてね。週刊
誌の記者とかに捕まっても、ヤラセじゃありません、ってちゃんと言うんだよ!じゃあね」
近田はかなり取り乱した様子で電話を切った。どうやら他のマスコミが殺到しているらしい。
なんでこんなことに…。私は事の重大さに、ただ唖然とするしかなかった。
★1ヶ月後、アタシは週刊誌数誌の取材を受け、近田にヤラセをもちかけられたこと、スタッフがい
かにいい加減だったかを全べて告白した。
被害者を気取るつもりはなかったが、事が発覚して以降、近田らスタッフの無責任な対応に怒りを
覚えたのも事実だ。
騒動後、フジテレビ広報はマスコミに対して、次のようなコメントを発表した。
「事実関係を調査したところ、彼女の勤めていた広告代理店は確かに実在しており、ヤラセの事実はなかったものと認識しております」
結局、この一件で私は店を辞め、田舎に戻った。
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