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最初はオレオレ詐欺犯・奇跡のような出会い方から結婚につながった話

所用で実家に暮らす母親を訪ねたときのことだ。

玄関のドアを開けると、スーツ姿の地味で若い女が母と何やら話し込んでいた。

保険の営業か何かだろうか。ひとまず女に頭を下げる。


「どうも」

「…あ、こ、こんにちは」
どこかうろたえたような女の態度に軽い違和感が。そしてその疑念は間に割って入ってきた母のセリフでさらに強まった。


「こちら、シゲトの会社の同僚で、渡辺さんっておっしゃるんだけど…」
シゲトは私の弟の名だ。母が困惑した顔で続ける。
「さっきあの子から電話があって、会社の小切手が入っていたカバンを駅で紛失したっていうのよ」

小切手の額は500万もの大金で、弟は電話で母に泣きついてきたという。

とりあえず同額の現金を貸してくれ。自分はいま仕事で手が離せないから同僚の女を代わりに向かわせる、

と。背筋がゾワゾワした。これほど明白なオレオレ詐欺が他にあるだろうか? 

何ボケてんだよ、母ちゃん。すっかり騙されやがって!

隣りに立つ女性の手には、紙袋がぶら下がっている。すでに母から500万を受け取り、今まさに帰ろうとしていたところだったのだろう。なんたる幸運だ。このタイミングで私が居合わせるなんて。何食わぬ顔で私は女にカマをかけた。
「渡辺さんとおっしゃいましたよね。弟の同僚ってことはやっぱり東芝の社員さんで?」

「…え、ええ」

私は女の腕をむんずとつかんだ。
「弟の会社は東芝じゃなくて日立なんですよ」

「あ…」
念のため、その場で弟に事実確認の電話を入れたところ、やはりその日は駅に立ち寄ってもなければ小切手をなくしてもいないという。
 

女の手から紙袋を取り返し、母に告げた。
「母さん、こいつオレオレ詐欺の犯人だよ。警察呼んで」
しかし母は予想外の行動に出た。警察に連絡しなかったどころか、女を家の中に招き入れたのだ。母が尋ねる。
「あなた、なんでこんなことをしたの?」
「…仕事がなくて。家賃も払えそうにないし」
「うちに電話をかけてきたのはあなたの友だちなの?」

「…いえ」
 女(21才)の説明によれば、主犯格のメンバーとはネットの掲示板で知り合い、1回につき5万円の報酬で、オレオレ詐欺の現金受け取り役をやらないかと誘われた。

が、実行に移したのは今回がはじめてで、まだ一度も報酬をもらったことはないそうな。
「あなた、いい? もし今回のことが上手くいったとしても一生後悔していたと思うの。だって、あなたはとても優しい顔をしているから」
いかにも元教師らしい母の愛ある説教に思わずグッときたのだろう。

突然、女が土下座して泣きだした。
「本当に申し訳ございません。すいません、すいません」
それにつられて自分まで涙をこぼしはじめる母は、結局詐欺の片棒をかついだ女を許した。

いっさい警察沙汰にしないと決めたのだ。

母のお人好しぶりはそれだけでは終わらない。

当座の生活の足しにしなさいと、20万もの金を貸し与え、さらにはこんなお節介まで。

「このコ、あんたの店(私の経営しているコンビニ)で働かせてあげなさいよ」
冗談ではない。こんな女を雇ったら、レジの金を持ち逃げされるのがオチだ。
「俺の店はもう人手が足りてるから無理だよ」
「そんな冷たいこと言わないで、なんとかならないの?」

なぜ実家から500万の大金をダマしとろうとした犯罪者の仲間に、私が骨を折らねばならんのだ。まったくアホらしいことこの上ないが、かといって母の真剣な頼みをムゲには断りづらい。

思案の末、ファミレスの店長をしている友人(40才)の顔が浮かんだ。

あいつに押しつけてみるか。詐欺の件をいっさい伏せて、知り合いの女が働き口を探してるということにすれば、雇ってくれるかも。


後日、女を面接した友人から連絡が来た。
「例の子ね、なかなか感じも良かったし、採用することに決めたよ」
良心がチクチクと痛む。どうかあの女が、ヤツの店で悪さを働きませんように。私の心配をよそに、女はファミレスでマジメに働き出したようだ。

母に借りていた金も毎月2万ずつ返済し昨春にはついに完済。情けをかけた母親に対しては、「あなたは私の人生の恩人です」と言ってすっかり慕っている。

そして昨年夏、友人の店長から告白を受けた。

「実は今あのコと付き合ってるんだよね」
スタッフの誰よりも一生懸命に働く彼女に好感を持つうち、いつの間にか交際が始まったのだという。そのときはそんなこともあるのかと多少驚く程度だったが、やがてヤツから「結婚を考えている」と聞かされたときはさすがに焦った。何たって相手は元オレオレ詐欺犯である。しかもその事実を隠して、ヤツに彼女を押しつけたのは他ならぬ私だ。何度か、友人に真実を伝えようとしたものの、そのたびに思いとどまった。
以前はどうであれ、現在は真人間に生まれ変わったのだし、あえて2人の幸せを壊すような行為は慎むべきじゃないかと考えたからだ。

むろん、本当のことを言う勇気がなかったのも大きいのだが。かくして昨年末、彼らは入籍した。こうなった以上、友人には一生、新婦の過去を知らぬまま人生を全うしてもらいたいものだ。

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