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血縁が近い人との性行為、いわゆる近親相姦は、世界的に見ても重大なタブーとして広く認知されている。 
家族と性行為に及ぶなんて、想像しただけで気分が悪くなってしまう人がほとんどだろう。
その一方で、アダルトビデオやエロ漫画など、フィクションの世界では、禁断の愛として、頻繁に取り上げられるテーマでもある。 
では、実際に生身の人間の場合はどうなのか。
今回はそんなタブーを物ともせず、実の母親と性的な関係を持つ、一人の男性に近親相姦の実態を語ってもらうことにした。 
いかにして母親と行為するに至ったのか、そのきっかけは。 
尽きない疑問に答えてもらうため、幼少期から現在までを振り返ってもらった。それではどうぞ。
(編集部)
母からのスキンシップが多い家庭だった
みなさん、はじめまして。私は今年35才になる東京在住の男です。
普段は会社員として働いています。
長年に渡り実の母親と肉体関係にあります。もちろん私自身も特殊な関係であることは熟知してるつもりですよ。
当たり前ですが、こんなこと実社会の知人友人には口が裂けても言えないので、匿名を条件にインタビューを受けることにしました。
では、幼少期の家庭環境から振り返っていきましょう。
よく近親相姦は、性的虐待と深く結びついていると言われます。幼いころに親からイタズラを受けたまま関係が続いているとか、親から脅迫されているというケースが多いと。
しかし、私の場合はそういったことは一切ございません。初めて母と関係を持ったのも18才を過ぎていて、もう一人前に成長した後でしたから。
私は今から35年前、サラリーマンの父と、専業主婦の母との間に、一人っ子として生を受けました。
母が私を産んだのはハタチのころ。かなり若い時の子供でした。
父は仕事で家を空けていることが多く、その反動か、母は私を溺愛してくれました。
父は外に出ずっぱり、家族との時間を一切作ろうとはしない人でしたから、基本は母と二人の生活で、スキンシップが多い家庭だったような気がします。
なので小学5年生くらいまでは、一緒にお風呂に入ったりして、かなり親密な関係でした。
買い物に行くときも手を繋いだりとか、嬉しいことがあるとギュッと抱きしめられたりとか、肌のふれあいも多かった。
もちろん性的な関係はありませんが、はた目から見れば仲のいい母子といったところでしょう。
ほら、女親は息子を大事にしますし、男子ってみんなマザコン的な部分があるじゃないですか。あくまでその範疇です。
しかし、学校の友人たちにそのことを話すとからかわれてたりしたので、年を重ねるにつれ、次第に母のスキンシップを嫌がるようになりました。
「もうお母さんと一緒にお風呂入りたくない!」
そう伝えたときの悲しそうな顔は忘れられません。
中学に上がると私に初めての彼女もでき、その人と初体験も済ませて、一般的な男子として成長していきます。
しかし、母は幼少期を懐かしむかのように冗談交じりで、「たまには一緒にお風呂入らない?」なんて言ってきました。
年齢も中学ですから、さすがにそれは断りましたが、「サッカーの部活疲れたでしょ? マッサージしてあげるよ」と言われて肩を揉まれたことは頻繁にありました。
しかし、次第に家庭内で不穏な空気が流れ始めます。
父親の不倫が発覚したのです。
夜中、両親の口論で目が覚め、耳を澄ませるとこんな会話が聞こえてきました。
「あなたはいつも外で遊んでばっかり! 私とだってしてくれないのに! なによ!」
と喧々諤々。子供心に両親の仲は悪いんだと察しました。 
決定的なのは、私が高校3年のころ、父が外に新しく子供を作ったことで、両親は離婚し夫婦生活は終わりました。その後、大学進学のタイミングで母と私は二人暮らしすることに。
この同居こそ母と性的な関係を持つ直接的なきっかけとなったのです。
なんとなく母が女の顔になってるのです
父が養育費を払ってくれてはいましたが、働き手は40手前の母一人だけで家計は火の車。
なので一緒に住み始めたのは、ワンルームのアパートでした。
母は昼間パートに出て、私は大学とバイトに明け暮れる日々。
狭いワンルームなので、風呂からバスタオル1枚で出てくる母の着替えが嫌でも目につきます。まあ、私の方も気にせず着替えたりしてましたけど。
バイトに疲れたときは、背中をくっつけて雑魚寝してしまったりと、一緒に生活するにつれ自然と距離が縮まっていきました。
おそらく父と離婚したことで、母も寂しさを感じていたのでしょう。私自身そんな姿が可哀想にも思えたので、なるべく一緒にいてあげよう、そう思うようになりました。
そんな同居開始から半年ほど経った18才の夏の日。
疲れ果ててバイトから帰ってくると、風呂上りの母が寝る支度をしていました。
私もその近くで身体を横にすると、母がグっと近づいてきたのです。
「ねえ、バイト疲れてるんでしょ? マッサージしてあげよっか?」
久しぶりのスキンシップです。言われるがまま肩を揉んでもらった後で、母が横に寝転がってきました。
そのまま私の方に身を預けます。
え? 急にどうしたの?母の顔を見るとトロンとした表情。これ、もしかして誘ってる?
中学、高校と恋愛経験はそれなりにありましたから、この雰囲気はわかります。なんとなく母が女の顔になってるのです。意外に思われるかもしれませんが、驚きや嫌悪感はありませんでした。
おそらく長年のスキンシップで肌が触れ合うことに慣れていたので、その延長だったのでしょう。特に抵抗はありません。
考えてみれば、母はまだ40手前の女盛り、一方の私も18才の男。頭の中で性欲がもたげてきます。
母への愛情なのか、はたまた性欲なのか、そのときの自分の感情は判然としませんが、性と愛が混然としたまま、自然と手が母の胸に近づいていきます。
ムニっと柔らかい感触が、ノーブラのTシャツ越しに、手のひらから伝わってくる。
ああ、母さんの胸を触っちゃったよ。母がポツリと「⋮⋮しちゃったね」
一気にタガが外れたのか、母の方から抱きついてきます。
胸を揉み、口づけ、互いに身体をまさぐり合います。
うわー、どうしよう、ヤベー、ヤベー。やっちゃイケないことをやってるドキドキが心臓を強く揺らします。この興奮は、初めてのオナニーや童貞卒業と同レベル、いやそれ以上でした。
母の方はどうなのか、手を下の方にやると、グッショリ濡れていました。
別に葛藤はありません。お互いに言葉は口に出さず、ただ無言で求め合います。
当然、こんなことになるとは考えてもいませんでしたから、ゴムは用意してません。
いきり勃ったチンコをそのまま、母のアソコにあてがいます。
挿入する刹那、これまで18年間母親に育てられた思い出が一気に駆け巡る。勉強するよう怒られたこと、家族団らんで手料理を食べたこと、一緒にお風呂に入ったこと。
走馬灯のように、幼少期から現在までフラッシュバックします。まるでこの18年間が今日のためにあったかのようです。ヌルっと勢いよく挿入されました。そして前後に腰を動かす。あああ、気持ちいい。すごい、今までで一番気持ちいいかも…。
よく近親相姦は、身体の相性が抜群だと都市伝説で言われますが、本当のようです。
私のチンコの形にピッタリフィットするように、優しくマンコが包みこんでくれるのです。
帝王切開で産んでくれたので、そのおかげかもしれませんが、締まりもしっかりしてます。
母の方も「んんん…」と気持ちよさそうにアエいでいる。スゴイぞ、母さんとしちゃってるよ。これヤバイよ。ヤバイ。
いつも笑顔で優しかった母さんが、腰を打ち付けるたびにアエいで感じてる。言葉では言い表せない不思議な感覚。
頭の中は背徳感でメチャクチャです。気が動転する程の興奮で、次第に腰の動きが早くなる。
その後も体位を変えながら、互いに身体を求め合いました。
結局1時間ほど行為が続いたものの、射精はできずに終わりました。なぜかはわかりません。心の中でリミッターがかかったのか、はたまた興奮のし過ぎで身体が追いつかなかったのか、理由は謎ですが、この日は発射せずに終わったのです。
 そのとき母がポツリとつぶやきました。
「……しちゃったね」
そうです。ついに一線を超えたのです。行為の最中に「母さん」と呼ばれたくない
それ以降、私たちは急速に距離を縮めていき、二日に一度のペースで関係を持つようになりました。
人間の慣れというのは恐ろしいもので、回数を重ねるにつれ、次第に背徳感が薄れていき、単純な快感が増していくのです。それに合わせて、普段の生活にも変化が現れました。
行為の前までは、多少の羞恥心がありましたが、今では二人とも全裸で生活したり、相手が寝ているベッドに潜り込んでみたり、まるで同棲中のラブラブカップルです。
朝、「もう起きなさい!」と言われて目を覚ますと、布団の中で私のチンコをしゃぶってたりしましたから。中学時代に「学校に遅刻するわよ。もう起きなさい!」と言われていたころとは大違いです。同じように、部屋でくつろぎながら、母親のアソコを足でイジっていると、「やめなさい!」と注意が飛んできます。
でも母の方も、息子からちょっかいを出されて嬉しい様子。ニコニコ笑っています。そんな日々を続けるうち、どっぷりと母とのセックスにハマっていきました。身体の相性はもちろんですが、母は母性そのものなので、本気で甘えられる、遠慮がいらない存在なのです。
当然ですが、母は自分の全てを知っている相手です。生まれたときから、初めてシッコしたときから、ウンチまで、恥ずかしい姿でも必ず受け止めてくれます。
そんな相手なので、どんな痴態も晒すことができる、世界で唯一の相手なのです。
これはどんなに気を許したとしても、元々他人だった、恋人や夫婦では、ありえない安心感でしょう。そんな、なんでも許してくれる母でしたが、一つだけ嫌がることがあります。
行為の最中に「母さん」と呼ばれることです。
母子という関係は私にとっては背徳感のある興奮材料なのですが、母にとっては違っていました。
いつも「名前で呼んで」とせがんでくるので理由を聞くと、あくまで恋人のような関係でいたい、とのこと。つまり母子であるという現実を直視したくないようでした。
そんな恋人同士のような甘い生活は、私が21才大学3年になるまで続きました。
解消のキッカケは私に彼女ができたことです。
「母さん、大学で彼女ができたよ」
 おそらく嫉妬したのでしょう。
「あ、そうなんだ…」と軽く答えてはいたものの、少しずつ距離が生まれました。
それ以降は、母から誘われることはなくなり、私から誘ったときにシブシブ相手してくれるようになっていったのです。母からすれば私は、大事な恋人のような存在、それが外で彼女を作ったとなれば、怒るのも無理ないかもしれません。
その後、就職を機に同居は解消。私はサラリーマンとして働き始めたので、肉体関係は一切なくなりました。とはいえ絶縁したわけでもなく、電話で連絡を取り合っていましたし、盆暮れ正月は、一緒に祖父母の家に行ったりもしました。
いわば普通の親子に戻ったわけです。別々に暮らしてはいましたが、母との関係のせいなのか私の性癖に変化が訪れました。熟女好きになったのです。
元々、年上からモテる性格だったので、会社の女上司や、街で逆ナンされた相手と関係を持ってみました。しかし、どんな女性とセックスしてみても、母以上の相手はいません。
もちろん、セックス自体は楽しめましたし、気持ちはいい。けど、なぜか自分を解放できない。
結局、格好つけて、男としてリードしなくちゃいけないし、甘えられない、と悩むようになりました。そして30才を迎えた頃。長年付き合っていた彼女と別れたタイミングで久しぶりに母から連絡がありました。
「ねえ、久しぶりに飲みに行かない?」
なんでもちょうど母も彼氏と別れたそうなのです。居酒屋で待ち合わせをして、母と対面。久しぶりに家族水入らずの時間です。
お互いに酒をグビグビいきながら、近況報告を行いました。
仕事の話から始まって、酔いが回るにつれ徐々に恋愛事情へ。
母がベロベロになって、愚痴り始めました。私も彼女と別れたばかりであると告げると、母の方も仕事先で彼氏が出来たりもしたが、結局長続きしないで悩んでいる様子。
「あなたとのセックスの方が良かったわ~」
「へえ、そうなん?」
「やっぱり親子だから相性がいいわよね~。他の男じゃ、あんまり濡れないのよ」
急に生ナマしい話になった。詳しく聞いてみると、こんな告白が。
「実はお母さん、あなたが二人目だったのよ」
なんとなく予想はしてましたが、ちょっとビックリ。お堅い環境で育った母は、父と結婚するまで男を知らなかったようです。
「でも、お父さんとも相性悪かったからね~」
つまり私とのセックスが1番気持ちよかったと。いつの間にか、元カノ元カレが久しぶりに再会したような雰囲気になっています。母はヤル気のようです。
いざ居酒屋でヘベレケになった母を連れて、私の自宅へ。もうお互いに雰囲気が盛り上がっています。
玄関に入るや、胸を揉んで、久しぶりの母子相姦が始まりました。ベッドに移動して近くで観察すると、10年の歳月を感じます。
ああ、シワが増えたなあ、白髪増えたなあ、お腹出てるなあ、などなど。
母は50才で、私も30才ですから、当たり前なんですけどね。母親の老いを感じて少し寂しくなってしまいました。それでも行為が始まると、やっぱり身体の相性は抜群です。チンコを挿入すると、中の具合は最高。年をとっても変わりません。 
22才から30才まで何十人もの女性とセックスしてきましたが、断トツで母とのセックスが気持ちいい、改めてそう思います。しかし、数分も腰を振っていると、母からこんなセリフが。「ちょ、ちょっと腰が痛いから、口でしてあげる」
ふむ、どうやら同じ体勢で続けるのは、ツライようです。やはり年齢でしょうか。
そして少しばかりのフェラチオを堪能し、再び挿入。 やはりこのフィット感はたまらない。数分のピストンで果ててしまった。母との相性は世界一です。10年ぶりのセックスを機に、私たちの関係は再び復活しました。
さすがに同居はしませんでしたが、休みの日に互いの家に行ったり、時間がない場合は近くのホテルで会ったりと、精力的な活動です。
しかし、段々とただセックスするだけでは飽き足らず、母の身体を開発するようになっていきました。まず最初にチャレンジしたのはアナルです。ある日、いきなりお願いしてみました。
「ねえ、お尻に入れてもいいかな?」
「ええ? したことないから嫌なんだけど…」
「えー、いいじゃん! ね? お願い!」
 子供がオモチャを買ってもらいたくてワガママを言うように、アナルをおねだりします。
 すると決まって、しょうがないな~と言って許してくれるのです。
「もう、わかったわよ!」
必ず母の方が根負けします。最初はキツくて入らなかったアナルも、入念にほぐしてから、挿入。これまた背徳感で大興奮です。
母は本当になんでも言うことを聞いてくれるので、どんどんエロに目覚めていきました。私からすれば真性のドMにちがいありません。
アナルをクリアした後は、足指を舐めさせてみたり、エロ漫画のような淫語をしゃべらせたりと、どんどん調教していきました。
今では私の尻の穴に舌を突っ込んでくれるし、セックスしながら「オチンポちょうだい!」なんて卑猥なセリフを言う変態さんになってしまいました。
やはり母は私のお願いならなんでも許してくれるんですよね。そんな性に奔放な生活をしていた昨年、母からこんなことを言われました。
「ねえ、私、生理が上がったみたい」
そう閉経したのです。それまでは、もし何かあったらマズイので、念には念を入れて安全日以外はゴムを着けてセックスしていましたが、ついに何も気にすることなく生でセックスできます。
「挿れるよ…」
「……うん」
やはり母との生ハメは素晴らしかった。チンコにまとわりつくマンコをかき回して、精子をドピュ~と中に出すと、言葉では言い表せない快感が、全身を駆け巡ります。
母の方もそれに反応してか、どんどんスケベになって、今じゃ自分から「首締めて~」なんて言ってきます。
★現在、私は35才、母は55才ですが、いまだに関係は続いております。
はっきり言ってもうオッサンに片足突っ込んだ年齢ですし、母もでっぷりお腹の出たオバチャンです。私たちのセックスを見ても、誰も禁断の愛なんて幻想は抱かないでしょう。一目見ただけじゃ、ただの熟年の変態カップルです。
でも、やっぱり母とのセックスは気持ちいいのです。私にとって母は、唯一なんでも許してくれる、世界で1人だけの存在ですから、きっとこれからも犯し続けるでしょう。
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