4月下旬。打ち合わせをしようと、たかみちさんに連絡。
いつものように川崎駅前に呼び出し、付近のショッピングセンターのイートインに腰を下ろした。「で、これからどう進めていこうかって話なんですが」
花見客からの感想を書き出したプリントをテーブルにすべらせる。
「ツッコミをもっと強く、ですか。それから、ストーリーの展開のさせ方──」
たかみちさんが読み上げてくれる。そう、それらの問題を何とかしなければいけないわけだが…。「ネタを修正じゃなく、イチから作り直すってのも一つの手っすかね」
オレが何の気なくそんな思いつきを口にすると、否定の言葉が返ってきた。
「…全部ボツはまだ早くないでしょうか?」
「このネタ、たかみちさん的にはまだ可能性を感じます?」
「いや、そのぉ…。ぼくは仙頭さんにネタを作ってもらってるんで。作り直すのは仙頭さんの負担になるんじゃないかと思って」
そういう理由か。そのへんは別に気をつかってもらわなくても大丈夫だけど。
「それに、この前の花見のはまぁ練習みたいなもんですし。やっぱライブで一回くらいはやってみてもいいんじゃないでしょうか?」
何かと天然なこのおっちゃんにしては珍しく、落ち着いた頭の回し方じゃないの。
「そうですね。じゃあまぁこのネタを手直しして、とにかくライブへ出てみましょうか」
「はい、頑張ります!」
ニコっと笑うたかみちさん。
「そう言えば仙頭さん、ゴールデンウィークは?」
そういう時期か。予定は一つあるけど。
「大阪での取材が入ってますね」
「へー。大阪と言えばお笑いの本場ですね」
「…お笑いの本場か」
反復したところ、ふと、自分の中にぼんやりとしたアイデアが浮かんでくる。
「せっかくだし、向こうでお笑いのライブを一つくらいは見てこようかなー」
「いいですね。そしたらぼくもそれに合わせて、夜行バスで大阪へ行きます」
えっ!? その返事は想像していなかった。瞬間、また別のアイデアが浮かんできた。
「たかみちさん、本当に大阪来ます?」
「はい。迷惑でなければ」
「そしたら見るんじゃなく、出てみませんか、大阪のライブに?」
我ながら名案だと思う。
たかみちさんの目がカッと見開き、力強い言葉が響いた。
「出ます!」
そうこなくっちゃ。ゴールデンウィークの素敵な予定が立ったぞ。
さすがは大阪、ハードルを上げてきますな
さっそくスマホで大阪のフリーライブの開催日程を調べてみた。
目星を付けたのは、〈5月4日(水・祝)『底上げライブ』/難波/出演者集合17時/ 開演19時〉
である。このあたり、いいんじゃないの?ただ、その出演者募集ページにはこう書いてあった。〈ネタは、3分ネタと30秒ネタをご準備ください〉
ネタが2本いるようだ。さすがは大阪、ハードルを上げてきますな。
さてどうしよう? とりあえず『始球式』は尺が3分くらいなんで、そっちは問題ないとして…。「30秒のほうは新しく作りますか。30秒だし、さくっと作れるでしょう、何かひとつアイデアがひらめけば」
たかみちさんが申し訳なさそうな表情を向けてくる。
「…すみません。お世話かけます」
そして、おもむろにスマホを取り出し、動画を見せてきた。ん、何でしょ?
「昨日、ヘンな場面に出くわしたんで、撮ったんですけど。これ、アイデアのヒントになりません?」
再生ボタンが押される。路上で中年の男女がいがみ合っているシーンだ。
女のほうが男の腰のうしろ、ベルトループあたりを掴み、「サイトが」とか「交通費だけでも」とか怒鳴っている。
これはあれか。出会い系の待ち合わせのトラブルで、逃げたい男と逃がしたくない女の攻防だ。面白いやん。
「どうでしょうか、この場面?」
もちろん嫌いじゃないっす。てか、たかみちさんってこういう裏モノチックな場面にめざとく気づく目を持っていたのね。毎月、うちの雑誌を渡してるんで、けっこう読んでくれているのかも。
とそのとき、漫画のようにオレの頭の上にピカっと電球が光った。
「30秒ネタ、ひらめいたかも!」
「ぼく、役に立ちました?」
「立ちました立ちました。さっそく立ち稽古、付き合ってもらえません?」
そんなわけで、とにかくその5 月4日のライブに申し込んだオレたちは、イートインから駅近くの広場へ移動。30秒ネタを作り、『始球式』の手直しも行う。
また、たかみちさんのステージ衣装も再考し、若々しくしたりしないほうがオカしさが増すだろうという観点から普段の格好でいこうと打ち合わせる。
そして練習を川崎でさらに2回行い、オレは大阪取材のため先に東京を発つ。
たかみちさんとは、ライブ当日の昼12時に、難波で合流する段取りとなった。
ライブ当日、昼12時。難波駅から歩くこと10分。待ち合わせ場所である道頓堀の有名な橋のたもとにやって来た。
グリコの看板、かに道楽、心斎橋のアーケード、向こうにはくいだおれ太郎の人形も見える。連休ということもあってか、人が多いね。
さて、たかみちさんは今朝到着で大阪入りすると聞いたが、ちゃんと来てるかな? おっ、いたいた!
「おはようございます」
「おはようございます。バス移動の疲れ、大丈夫そうっすか?」
「はい、全然です。午前中は、なんばグランド花月のほうを見に行ったりもしてましたし」
「ほー」
「ま、劇場に入ったわけじゃなく、外からの見学ですが」
いいじゃないの。ヨシモトの本拠地、お笑いの聖地詣でってか。それ、オレもしたくなるんですけど。
こちらの気分を察したのか、たかみちさんが言う。
「花月、ここからすぐ近くなんで、仙頭さんもチラっと見に行きます?」
ぜひ参りましょう。
アーケードを抜け、大通りを渡る。さらに少し歩くと、その看板が見えてきた。
『なんばグランド花月』。
やって来たのは、小学のときの家族旅行ぶりか。当時のオレ、まさか自分が40を過ぎて漫才を始めるなんて夢にも思ってなかったな。
劇場の前は非常に混雑しており、観光地然とした雰囲気だ。
本日の興行のプログラムには『完売御礼』の紙が貼られている。
ちなみに、今日はどんな芸人が出るんだろう?
ほほー、M─1 のタイトルを取ってる2組、ブラマヨや中川家も出演するのか。
「完売じゃなけりゃ、普通に見てみたかったな」
たかみちさんが振り向いた。
「ぼく、さっきブラマヨは見ましたよ。元気をもらいました」
え? どういこと?
「ぼく、芸能人は動くパワースポットだと思ってるんで。午前中、裏口で芸人さんの入り待ちをしてたんです」
たかみちさん、大阪でもマイペースですなぁ。いや、これでいいのか。むしろこうでなきゃ困る。なにせ、今日はこの個性を武器に大阪のライブへ乗り込むわけだし。
では、聖地詣ではここらへんにし、夕方までそのへんの公園で最終練習と参りますか。
最終練習をみっちり行い、16時半過ぎにライブ会場へ向かうことにした。
地図アプリに住所を入力し、辿り着いた場所は、グリコの看板のすぐそば、営業前のホストクラブだった。どうやら、『底上げライブ』の主催業者が夕方からの数時間を借りているようだ。
店の前にいたスタッフに声をかける。
「今日出演させてもらう、鉄仮面と申します」
「どうぞ」
店内には、ショーパブのようなステージが。会場はこういう感じなのね。
「あと、向こうが楽屋になりますんで」
その楽屋の入り口には、本日の進行表が貼られていた。
イベントは2部構成で、1部は12組のコンビ&ピン芸人が、順番に3分ネタを披露。2部はその12組が同じ順番で30秒ネタを行う運びらしい。鉄仮面の出番は2番手だ。
楽屋の中をのぞくと、他の出演者たちが着替えをしていた。みなさん、見た目の雰囲気は東京の連中と変わらない。
とりあえず荷物を置く。そしてオレは着替えの前に、いったんトイレへ。そして戻ってくると、たかみちさんからボソっと言われた。
「あそこに座ってる男の子と女の子に声をかけてみたんですけど。高校のコンビだそうです」
へぇー! たしかに若そうだ。これまでフリーライブには東京で20回くらいは出ているが、高校の出演者と遭遇したことは一度もない。やっぱ大阪は一味違いそうやね。何だかソワソワしてきぞ。
着替えを終えた後は、たかみちさんを誘い、直前のネタ合わせを行う。
ほどなく、イベント開演時間になった。
2番手のオレたちは、すぐさまステージの裏にスタンバイする。袖から会場をのぞいた感じ、客入りは12人くらいか。
1番手のコンビが漫才を始めた。
そこそこ笑いが起こっている。やりますなぁ。彼ら、笑いの偏差値はどれくらいなんだろう。大阪での平均よりも上だろうか?
2人がネタを終え、引っ込んでくる。出囃子が流れだした。さぁオレたちの番だ。
鉄仮面、大阪の舞台に出陣!
「どうもー」
たかみちさんが先にステージへと向かい、ツカミのボケから。
「たかみち、54才、人生、始まったばっかり」
瞬間、あれっと思った。やけに声が小さい。どうしたんだろう?
そういうオレも最初のツッコミが小声になり、続く挨拶もボソボソという感じになった。
ステージ上には、地に足がついていないようなフワフワした雰囲気が漂いだす。
まさか、2人ともアウェイの空気に飲まれてる?
とにかく『始球式』へと入っていく。
だが、そのフワフワした空気はなかなか消えてくれず、掛け合いのリズムが悪い。だからだろうか、なかなか笑いが起こってくれない。
何気に頭によぎったのは、1番手のコンビの客ウケだ。彼らが大阪の平均だとすると、オレたちは間違いなく落第点。やばい、焦ってきたぞ。
待ち侘びた笑いが起こったのは、中盤過ぎ。たかみちさんが「どう思う?」「はぁ?」「どう思う?」「はぁ?」とコミカルな動きを繰り返す場面だ。
その直後、これまたたかみちさんが手足をバタつかせてブチ切れた演技をしたところで会場が沸く。続けて「ワープだ!」と飛び跳ねるシーンでも。
よしよし、ようやくオレたちの武器が機能し始めた。
頼む、ここから何とか笑いが膨らんでいってくれ。
が、残念ながらその後は、客席からのパッとした反応が無く、大オチを終える。オレたちは「ありがとうございます」と頭を下げ、そそくさとステージを降りた。
楽屋に引き上げたオレは、ため息をついた。序盤のアガりさえなければ。いや、そもそもネタの修正が甘かったか。悔しさと後悔が入り交じった気分だ。
ぼんやりしていると、さらに気が滅入ってきた。
オレたちより後の演者たちのステージ中に、客席の笑い声が楽屋まで聞こえてくるのだ。
ひときわ暖かい笑いが響いてきたところで、たかみちさんが言う。
「…これ、あの高校コンビです」
やっぱ大阪、笑いの偏差値が高いな。フツーに感心するんだけど。
ただ、まだ試合終了ではない。今回のライブはもう一回出番がある。わざわざ東京からやって来たんだし、ツメ痕くらいは残して帰りたい。
ほどなく12組全ての3分ネタが終了。MCを挟み、すぐに2部が始まった。
2本目のネタもたかみちさんの暴れ馬キャラを軸に置いた漫才で、セリフはオレからである。
「どうもー、再び鉄仮面です」
「いやー、昨日、ビックリしたことがあって」
「ほー、どうしました?」「これ」
たかみちさんがオレの腰のベルトループを掴んでくる。逃がさないぞという感じで。
「うしろから、いきなりこれ」
オレは動きを封じられ、焦っているフリをしながら、客の表情に目をやった。どうだろう、この動き、滑稽だと思うんだけど。短いネタのスタートダッシュ装置としてちょうどいいと思うんだけど。
ただ、まだ笑いは来ない。何が悪い? 互いに30秒を意識し過ぎているせいか、早口になり過ぎているのかも。3分ネタのときと同様、ステージ上にヘンな緊張感が漂っている気がしなくもない。
と次の瞬間だった、たかみちさんが言葉を詰まらせた。続いてオレはセリフをがっつり省略してしゃべってしまった。くそー。
果たして、ネタは持ち時間を5 秒近く余らせ、おしまいに。まさか2本目も大失敗するなんて。まったく情けないといったらない。
★夜8時半、イベントが終演し、客席からアンケート用紙が回収されると、オレたちはそこに記されている得点をメモり、ライブ会場を出た。
グリコの看板のほうへ向かってぶらっと歩く。道頓堀のウッドデッキに座り、得点を集計してみた。
鉄仮面は、全12組中10位で、コンビの中では最下位だった。
何でも言ってね娘待機中!
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