
ある日、編集部のムナカタ君から電話がかかってきた。
「ちょっとおもしろい情報があるんですよ。山崎さんって盗撮モノとか興味ありましたよね。今から工藤って男から電話が行きますから、話聞いてやってくださいよ」何でも、編集部に電話をかけてきた工藤と名乗る読者によれば、その前日の夜、東京・渋谷のラブホテル街を車で抜けようとしたとき、カーナビのテレビモードで見慣れぬ映像が映ったという。見慣れぬ映像ってナンだよ、いったい。
「最初はなんか影が映ってるなあくらいだったんですよ。だけど、車を移動させてみるとだんだん輪郭がシャープになってきて。いやあ、あれはマジでビックリしましたね。ホテルの個室でカップルがエッチしてるんだもん」
まもなく電話をかけてきた工藤は、興奮した口調で言う。果たしてこれは何を意味するか。
「盗撮用のカメラが仕掛けられてるんだと思いますよ。間違いなく」
日を追うごとに盗撮に関する技術が発達している中、ホテルの一室に小型カメラを仕掛けるなんざ、ビデオ業者にしてみればいとも簡単なはずだ。その証拠に、街のセルビデオ屋を覗いてみれば「ホテル盗撮」なるジャンルの作品が並んでいる。が、それはあくまでビデオの話。一介の素人に盗撮電波が生でキャッチできるなんて話は聞いたことがない。自分でカメラを仕掛けないかぎり、おそらくや一生味わえないだろう。しかも、場所はラブホテル。若者の街・渋谷のラブホである。
言わずもがな、若い男女が入ってくる可能性は非常に高いわけで、いや、盗撮ビデオ好きの私なんぞは想像しただけでワクワクしてくる。もちろん、情報は、かなり疑わしい。だいたいカーナビにそんな盗撮電波が映るのか。
通常、盗撮機器で使われているのは、UHF波(過以降のチャンネル)かBS波のいずれか。ただ、BSの場沓、障害物に非常に弱いため、ほとんどの盗撮はUHF用の機器が使われている。実は、この電波自体は一般のテレビでも簡単に受信できてしまうらしい。
あらかじめ既存のテレビ局の周波数しか設定されていない家庭用テレビでは不可能だが、どんなエリアの周波数にでも対応できるスキャン機能付きのカーナビならOKだというのだ(ウソかホントか、工藤のカーナビには、前にも一度、どこかの女子トイレの中の画像が偶然映ったこともあったらしい)。
それなら、バッテリーはどうなっているのだろうか。盗撮カメラで捉えた映像の電波をトランスミッター(送信器)を使って飛ばすには、電源、つまりバッテリーが不可欠となってくる。一般的には電池が使われるが、単3形を使ったとしても6時間ほどしか保たないらしい。
もし、継続的に撮るなら、電池交換のためにいちいち休憩代を払って部屋に入らなければならない、逆にいえば、この電池交換のタイミングを知っていないと、よほどの偶然がないかぎり、電波をキャッチするなんて不可能なのだ。そのことを知っているのか、工藤は自分の連絡先すら教えてくれない。代わりに、こう言い残して電話を切った。
「たぶんスグなくなっちゃうから、早く見に行った方がいいですよ。そういうのって、仕掛けても1日2日で回収するらしいし、最近のラブホは結構ガード堅いから」
どこまでも怪しい態度に疑問は募るばかりだが、試してみる価値はある、と私は考えた。翌日、車で渋谷へと向かう。残念ながらカーナビはないので、無線マニアの友人から借り出してきたUHF用の受信機、モニターには8ミリビデオを用意した。
工藤によれば、電波をキャッチしたのはホテル街の外れ。ちょうど3軒並んで建っている通りに止めたところで映像が映ったという。そこで、まずは3軒の中でいちばん手前側のホテルに車を止め、受信機の周波数を変えてみる。
が、慣れないせいか、これがなかなか同調(周波数が合うこと)しない。電波が伝わる範囲がよほど限定されているのだろうか。いずれにせよ車の位置と周波数が合わないことにはどうにもならない。
そんなわけで、数センチ単八位で車の位置を変えつつ、周波数を動かしてみる。
しかし、2軒目もダメ。3軒目もうまくいかない。そして3時間が経過。結局、3軒連なるその通りすべてのポイントで試したものの、同調ランプはついに点灯することはなかった。あきらめかけて車を移動させようとしたとき、その3軒連なるホテルのちょうど裏に、車1台分が通れるほどの小さな路地があるのに気付いた。これでダメならガセネタだな。
そう覚悟して、さきほどの表通り同様、少し車を動かしてはそこで周波数チェックするという作業を再開する。案の定、1軒はダメ。そして2軒目にさしかかったとき。
アレ…同調を示すランプが点灯しているじゃないか。すかさずモニターの画面を調整してみる。と、さっきまでの砂の嵐が収まって真っ暗な映像に変わったのだ。これぞ盗撮電波…か。
いや、どうなんだろう。普通なら、カップルの姿が映っているはず。仮にタイミング悪く客が入っていないのら、誰もいない部屋が見えて然るべきなのに、画面は真っ暗のまま。うーん、わからん。どうなっているんだ。それとも、何やら違う電波をキャッチしてしまったとでもいうのか。
時間は午後5時を回ろうとしていた。相変わらず同調ランプは点灯しているが、モニターの画面は真っ暗のまま。いったいどうしたものかと途方に暮れていた私の目に、思わぬ映像が飛び込んでくる。部屋だ。
突然、暗幕が垂れ落ちたように画面が明るくなり、部屋のベッドらしき画が映ったのである。格子のような縦線が何本か入っているのを見るに、換気用のダクトかスピーカなどの中に設置されてあるのは間違いない。
さて、ここで真っ暗闇の正体がわかっただろう。そう、単に部屋の明かりが消してあったのだ。意外に気づかないかもしれないが、省エネのためか、ラブホテルでは客がいないときは完全に電気を切っているようだ。
ということは、客が入ってきたということか。が、モニターで見えるのはベッドだけ。しかも、マイクまでは取り付けてないのか、音声は聞こえず、状況がよくわからないのだ。
おや。よく見てみれば、画面の隅っこの方で、チラチラと人影が見え隠れしているじゃないか。間違いない、カップルだ。
まあ順当に考えて、シャワーを浴びる準備をしているのだろう。部屋に入った瞬間に即ヤリ始めるカップルなんてそうそういないだろうから。私は慌ててビデオの録画ボタンをプッシュし、しばらくベッドの映る画面を見守ることにした。しかし、こんなコトがあっていいのかよ。
他人がシャワーを浴びている間がこんなに長く感じられたことがあっただろうか。再び画面の隅っこ、つまりベッドの脇にタオルで髪を拭いているらしき男の姿が映ったのは、照明がついてから5分後。
シャワーを浴び終えたのだろう、フルチン姿の男が何やら笑いながらベッドにすべりこむ。そして、待ちに待った瞬間がやって来た。女がバスタオルを体に巻いたままで登場したのだ。力、カワイイぞぉ、これは。
間違いなく20代半ば、顔こそハッキリ見えないが、よく言えば持田香織のような色白の美人じゃないか。談笑しながらジャレ合う2人。顔を見合わせながらチュッと何度もキスしながらチチクリ合っている。カメラの存在にはまったく気付いていないようだ。
そして、すでにヤル気マンマンの男が毛布を軽くひっぺ返す。ああ乳首だ。女の乳首がハッキリ見える。車の中、1人狂喜乱舞する私。しかし、喜びもつかの間だった。
男がその乳首に吸いつこうとした瞬間、女は再びフトンに潜ってしまったのだ。そして次の瞬間、予期していなかったことが起こる。男は腕をベッド脇へと延ばしながら部屋の明かりを消し、わずかな光を放っていたテレビすらも消してしまったのだ。つまり画面は真っ暗…。
ああ、なんたることよ。せっかく捉えたうら若き乙女は、暗いのがお好みだったらしい。恨むべきはカメラなのか。それとも、恥ずかしがりやの彼女なのか。欲をいえばキリがないが、このカメラが赤外線仕様であればたとえ明かりを全部消してもベッドの様子がバッチリ撮れるはず。
そうでなくとも、せめて音声さえ拾えていれば中の様子がわかるのに。結局、彼らが部屋を出て行くまでにわかったことといえば女のパンツが黒であったことだけ。私は、映像が暗くなった瞬間に速攻で車をホテルの表通りに走らせた。
と、すぐにさっきのカップルらしき人物が歩いている。位置からして、3軒並んだ真ん中のホテルから出てきたのは確実。どうも盗撮カメラはそのホテルの中に仕掛けられているようだ。実際に盗撮カメラが仕掛けてあることは確認できた。
しかし、それがどこに隠してあるのかまではまだ特定できてはいない。まあ、そんなことを知らなくても、エッチが見れれば十分だろうとい毒2気もしなくはないが、それでは単なる物好きで終わってしまう。
やはり、この点をきっちり報告しておかねばならないだろう。まず、ターゲットとなっているホテル。これはさっきのカップルの動きから、間違いなく3軒並んだうちの真ん中「X」であると確信した。ラブホテル「X」は、3階建ての古くも新しくない物件だ。
全室通信カラオケ付きで、料金は休憩5千800円で、宿泊が1万2千円と、渋谷ではごくごく平均的。要するに、これといって特徴もなく、若いカップルでもさして抵抗なく入れるホテルのひとつといっていい。
では、何号室に仕掛けてあるのだろうか。まず、先ほどの映像を見る限りでは、残念ながらまったく判断がつかない。だからといって、そこに映ったカップルを追いかけて行って「どこに入ってました?」と聞くわけにもいかない。だいいち、自分が入ったホテルの部屋番号なんて覚えてるだろうか。では、いったいどうすれば…。
午後8時、私はムナカタ君に渋谷まで来てもらうことにした。部屋番号まで確かめるのは、とても1人じゃできない。まずは、ムナカタ君に「X」のフロントへ出向き、料金を確かめるブリをしながら部屋番号と空き状況をチェックしてもらうことにした。
ま、男1人だとフロント側から不審に思われるのではとの声もあろうが、幸いにして渋谷のホテル街は、都内随一のホテトルのメッ東京・渋谷のラブホテルに、盗撮カメラが仕掛けらている力。まず単,独でチェックインしてから内線電話や携帯で呼び出すのが普通だから、さほど不自然ではないのだ。
ムナカタ君によれば、3階建てのホテル「X」は全部で8室。2〜3階が使用しており、午後8時、2階の202と203,3階の302以外はすべて埋まっているとのこと。今は映像も真っ暗だから、カメラが仕掛けられているのはこの3部屋のいずれかであることは間違いない。
となれば、考えられる手はひとつ。カップルを待ちかまえ、彼らとほぼ同時に「X」へ入り、2人がどの部屋を選ぶかを確実に見届けることだ。
そこで、ムナカタ君にはホテルのすぐ近くで張り、カップルが入る部屋寺菅号をチェックしてもらうことにした。待ち始めて約別分。が、いかんせん午後9時という時刻が中途半端なのか、なかなかカップルはやってこない。やっとムナカタ君から電話が入ったのはその5分後。
「なんかね、サラリーマンの男1人がホテル物色してて、入っていきそうなんですよ」
男1人?ってことは、もしやホテトルでも呼ぶ気か。いったん電話を切り、しばらくすると、再び携帯が鳴った。
「オッサンが1人でXに入って行きましたよ。部屋は203。モニター、映ってます?」
が、残念ながら何分経っても、面面は真っ黒なまま。したがって203号室には、カメラが仕掛けられていないことになる。う-ん実に地道な作業だ。約30分後、ムナカタ君が息を切らしながら車に戻ってきた。
「じゃあ山崎さん、ちょっと次、行ってもらえますか?オレ、2回も入るフリしてるじゃないですか。ホテルのフロントに顔覚えられちゃってそうで」
そんなわけで、ムナカタ君には車で待機してもらい、今度は私がホテル近くで張ることに。しかし、いくら待っても客がやってこない。
夜8時過ぎということもあり、若いカップルが3分に1度の割合で前を通り過ぎていくのだが、隣にある豪華な方のホテルに吸い寄せられていくのである。
午後9時。休憩タイムが終了し、泊まりの時間帯へ突入しようかというとき、前方から中年カップルがやってきた。
一杯ひっかけてきたのか、何やらデカイ声で話ながら、ヨタヨタ足で「X」へ入っていく。私は彼らが302号室へ消えていくのを見逃さなかった。すかさず車で待機中のムナカタ君へ電話。
「オッサンとオバハンが入って行ったけど、どう?」
「ちょっと待ってください。…ああっ!映ってる、映ってる。ジジババのカップルでしょ」
急いで車に戻ってモニターを見ると、確かにそこには、入るなりベッドに寝そべってキスをかます熟年カップルの姿が映っていたのだ。
その後、2人は照度を少しも絞ることなく、短時間ではあるがカラミを展開してくれたのである。熟年カップルがヤルだけやって部屋を去った後、私は掃除のオバチャンが後片付けし終えるのを待って「X」に入り、302号室のランプを押した。
「1人なんですけど…」と言いつつフロントでキーをもらい、3階へ向かう。
部屋は、思っていたよりも狭かった。8畳ほどの部屋のほぼ真ん中にベッドが置かれ、その脇にテレビが置いてあるだけ。
まあ、渋谷のホテルはどこもこんな感じなのだが、ハテ?カメラはいったいどこにあるのだろう。カメラのアングルを考えると、ベッドを見下ろすような位置にあったはず。と思い、天井を見上げるとベッドのほぼ真上に換気扇の排気溝がある。
これか?さっそく脇にあったテレビの台を踏み台にして排気溝を外してみると…あった。確かにテープでグルグル巻きにされた小型カメラが柱の陰に埋め込まれているじゃないか。ピピピピッ。そのとき、携帯が鳴った。
「映ってますよ」
ムナカタ君の声だった。私の顔が画面いつぱいに映っているというのだ。中に手を延ばすと、電波を飛ばすための小型トランミッターが奥にくくりつけてある。
そしてその奥にバッテリーがあるハズなのだが、これがどうも見あたらないというか、あまりに奥に設置されているため、延ばした手の感触でしかわからないのだが、どうやらバッテリーを使っているのではなく、スグ隣にある照明のコードから電源を引っ張ってきているようだ。
なんたる根性。確かに、照明だろうが何だろうが、電源さえ引っ張ってこれれば、他人に気付かれない限り、このカメラは真下で行われる秘め事を観察し続けるのだ。ああオソロシや。
にしてもこの幻の盗撮カメラ、いったい誰が、何のために取りつけたのだろう。盗撮ビデオ業者か、それとも物好きなマニアなのか。天井裏で強引に電源をひいてしまうあたり、相当根性の座ったプロに思えなくもないが、私は前者だと推測する。
画面を見てもらうとわかるようにこのビデオ、画質の精度は悪いわ、格子で全体の様子が見えないわ、音声は入っていないわで、質的にとても商品として成立するとは思えないのだ。やはり単に、マニアがイタズラ気分で取り付けたというのが正解なんじゃないだろうか。私はそうにらんでいるけどネ。違うかい、工藤クン。
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