僕は北海道の片田舎に住むとび職である。日給8千円で週5日ほど働き、手取りが18万円弱。実家住まいのため、家賃はかからないものの、趣味のスロットで散財、いつもピーピーしている。女関係については、半年前に彼女と別れて以来、たまにススキノのへルスで体を癒す程度だ。
正直、刺激のない毎日ではある。だから、未だに信じられない3年前、18才の夏に過ごした嵐のような日々。あれは夢だったんだろうか…。
北海道南部。当時、僕は札幌の美容系の専門学校に通っていた。父は早くに死んだが、片親である母親との関係は良好。地元の友達だって大勢いる。彼女と呼べるオンナがいないことをのぞけば、まずまずの青春だ。しかし、どうにもテンションが上がらない。毎日が同じことの連続で、やることなすこと、すべてに飽き飽きだ。早い話が刺激を求めていたのだろう。きっかけは突然やってきた。
ある日、深夜1時ごろ、コンビニに出かけたときのことだ。愛車のハイラックスサーフを駐車場に車を止め、店に入ろうとしたとき、隣に駐車されたフルスモークのバンの後部座席から、ギャル系の女が意味ありげな視線をチラチラ送ってるのに気づいた。
何だろう。気にしつつもコンビニで立ち読みをし、車に戻ると、今度は女が車内から出てきて、僕の車の窓をコンコンと叩くではないか。ぎゃ、逆ナンだくさ!鼻の下を伸ばしながら勢いよく窓ガラスを下ろした僕に、彼女は想像もしないことばを口にした。
「オニーさん、ちょっとバイトしませんか?」
「は、はい?」
戸惑う間もなく、同じバンの中から、20代前半と思しき短パンに雪駄を突っかけたコワモテの男が出てきた。
「話があるから、ちょっとドアを開けてくんない?」
やベーー!何だか大変なことに巻き込まれちまうのかオレ。
このまま逃げるか?
逃げなかった。なぜか、魅入られたように扉を開けてしまった。刺激が欲しかったからか?
正直、このときの思考回路は自分でも理解できない。
「なに震えてるんだ?クスリでもキメてんだべか?」
男は、助手席に腰を下ろすなり、愛想良く笑った。
「実は俺、デリヘルを経営してるんだけど、いまちょうど、運転手を探しててるんだわ。ニーちゃんのこの車なら、女のコも大勢乗れるべ。車を持ち込みで、ドライバーをやってみねえか」
デリヘル運転手への誘いだった。仕事は週3,4日程度で、勤務時間は夕方6時から深夜0時まで。給料は1日1万円で、ガス代として別途5千円支給するという。週4働けば、月に16万以上になる計算だ。
「悪くねーベ?それに、ほら、さっきの女いたべ?アイツとかもヤラしてくれっから、な」
どんどん引き込まれていた。男の話がヤバければヤバいほど、体が熱くなった。平々凡々に生きてきた自分に、こんな誘いが来るなんて!
「じゃ、後でまた連絡するからよ」
その場で携帯番号を交換した。
これが、後にアニキと呼ぶ男との出会いだった。1週間後の夕方、学校を終えた後、ススキノにあるという男の事務所を車で訪ねた。数日間、考えてはみたが、刺激を欲しがる自分にウソは付けない。それにデリヘルの運転手なら、捕まることもないべ。ん?捕まるのか?
事務所は繁華街の裏サングラスをかけた20代前半の男と、奥の部屋にギャル系の女が3人。僕に声をかけたコもいた。
「こいつ、今日からドライバーやってもらう、みんなカワイがってやってな」
「よろしくお願いします!」
挨拶を終えると、アニキが仕事の説明を始めた。
店のシステムは、一般的なデリヘル同様、客の指定したホテルや自宅に女の子を送り届けるというものだ。風俗情報誌の「ヘブン」で客を募っており、料金は「オープン価格」で60分1万円。この事務所は、女の子の待機場所兼、男性客の電話を受け付ける場所だという。サングラスの男が電話番のようだ。
「わかってると思うけど、あそこにいる女3人がへルス嬢ね。あと、今日は来てないけど、ほかに2人いるから。おまえは、彼女らを車で客のところに送り迎えしてくれりやいい。簡単だろ?」
こうして、デリヘルドライバー生活が始まった。それなりに気合いも入れていた。が、すぐに僕は店のいい加減さにあきれてしまう。このアニキ、まったくもって商売気がないのだ。
例えば、客から電話があっても、気が乗らなければ、「いま忙しいんで」とガチャ切り。どころか、日がな女の子たちとシンナー遊びにうつつを抜かしている。デリヘル業をもっと真面目にってのもおかしな話だが、これはどうよ
働き始めて1週間、衝撃の事実が判明した。最初にコンビニで声をかけてきた女、メグに何気なく年齢を尋ねたところ、シレっと言うのだ。
「18だよ」
「へ、大人っぽいから全然、見えねえな」
平静を装ったものの、心臓バクバク。
「もともとデートクラブをやってて、最近、ヘルスに鞍替えしたのよ。私たち5人は、そのときのメンバーでスカウトされたんだ」
「。。。。」
「知ってると思うけど。アニキはヤクザだから。ただ、店は組には内緒のシノギらしいよ。バレたらあの人、命ないんじゃないかな」
返すことばは何もなかった。ヤバすぎ!
それでも、店を辞めようとは思わなかった。すでに、危ない世界への魅力に取り込まれていた。
1カ月後、新人が入店した。
Eカップの18才。アニキの計らいでなんと、その子の「講習」につき合わせてもらえることになった。ありがとうございます!
ラブホの部屋で最初にアニキが味見をし、その間、ドアの外で待つこと30分。いよいよ僕の番になった。でも、講習なんてどうやれば…まあ、どうにかなるくさ。
「僕はデリヘルドライバーをやってる者だから。客だと思って、しっかりサービスするように」
まずはイチモツをくわえさせながら、アソコを触ってみたら、めっちや濡れてるよ!
やっちまうか。システム上、本番は禁止だけど、どうせアニキだって…。僕は当然のように女の中に入り込み、白いモノを放出した。
これがきっかけで、スタメンの女たちとも遊びたくなってきた。デリヘルドライバーならチャンスはいくらでもある。
もっとも彼女ら、客から小遣いをもらい、のべつくまなしに本番をヤらせてるせいか、揃いもそろってビョーキ持ち。さすがに挿入はマズイ。そこで、店で女と2人っきりになったとき、おもむろにチンコをポロリと出してみた。
「なあ、ヒマだし、シャクってくれや-」
「…え〜」
「なんかムラムラしちまってさ-、いいしょ〜」
こんな調子で、スタメン5人のうち、4人と遊ぶことに成功した。僕はだんだん調子づいていた。
仕事を始めて3カ月、9月のある日、アニキの携帯がひっきりなしに鳴った。組の上の人間に謝ったり、下の人間を怒鳴りつけたり。仕事上でトラブルが起きたようだ。
電話が終わると、アニキは、僕と電話番のサングラスを車に乗せ、豊平川へ向かう。と、そこにはスモークの張った高級車がズラリと並び、同じ組の連中が、人ほど待っているではないか。
「ちょっとここで待ってろ」
男たちと何ごとか相談した後、アニキが、山根という20代のコワモテの男を連れ戻ってきた。聞けば、アニキは別の車に乗り、どこかに移動するので、僕とサングラスは山根の指示に従って動いて欲しいという。有無を言わせぬ態度だった。山根に指示されるまま、車を走らせ、石狩湾に到着。ここで初めて僕たちの仕事が告げられた。
「実はこの近くのカラオケボックスに、ある男がいるんだけどよ・今からソイツをラチリに行くから。おまえらも手伝え」
ら、拉致冗談じゃね-ぞ!なんて事が言えるわけがない。逆らえば、自分の立場が危くなるだけだ。
再び車を走らせ、カラオケボックスの駐車場へ・ターゲットの車を確認した後、一気に目的の部屋へ雪崩れ込んだ。
「おら-!」
中ではチンピラ風の男と若いギャルが2人で仲良くマイクを持っていた。まさか女と一緒だとは思わなかったが余裕はない。僕たちは3人ががかりで男に殴りかかった。3分もしないうちに、男は動かなくなった。女は完全に腰をぬかしている様子だ。ぐったりした男の体を持ち上げ、外に運び出す。途中、目を丸くするフロントの店員たちを、山根が一括した。
「見るんじゃねえ」
「。。。。。。」
「テメエら、もし警察にチクったら、こいつと同じ目にあわせるからな。わかったか、オラ!」この後、僕たちは、男の体をガムテープでぐるぐる巻きにしばりあげ、山に捨てた。そろそろ吐く息が白くなり始めた、秋口のことだった。
4カ月が過ぎたころから、だんだんアニキの態度が変わり始めた。それまで出勤は週3日だったのが、4日、5日、やがてほぼ毎日となり、勤務終わりも朝の3,4時のラストまでいるよう命じられた。給料も上がるどころか、下がる一方で、客が来なかったときなど「ヒマだったから」と5千円しか渡さない始末だ。
ふつふつと不満を募らせていたある日、決定的な事件が起きる。アニキの指示でトルエンを運ぶことになったときのことだ。
その日の昼間、僕はボーリング場の駐車場で、大口の取引先である組員に100万単位のブツを渡していた。ちなみに、車の助手席には、アンパンでラリった店の女を乗せていた。男がペットボトルに入ったトルエンのにおいを喚ぎ、品質を確認する。いつもと同じブツ。何の問題もないはず。と恩いきや、
「ニーちゃん、このトルエン、前に買ったのと臭いが違うな。混ぜ物で薄めてねえか?」
「え?…ぼく、ただ運んでこいって言われただけなんで、ちょっとわからないんすけど…」
「あ〜、ナメてんじやねえぞ、このヤロウ!」
男が見る見る間に顔を赤らめていく。2,3カ月前の自分ならビビリ切っていたに違いない。
が、このとき僕は我ながら驚くほど冷静に対処した。助手席の女を男に抱かせ、謝り倒した上、きっちり金まで受け取ったのだ。いつの間に、こんな度胸が付いたのか。
にしても、なぜこんなことに?
事務所に戻り、アニキにコトの経緯を告げると、
「やっぱりバレちまったか」
「バレちまったって、アニキ、やぱいブツだって知ってたんすか?もし女がいなかったら、シャレになりませんでしたよ!」
「いやあ、けどオマエ、よく売ったよ。これ特別報酬な」
悪ぴれる風もなく、アニキは2万を差し出してきた。危ない思いをさせておいて、自分はへうヘラ笑いやがって。これまで信用してたぶん、怒りの炎が燃えたぎる。
僕はまず、店の金に手をつけた。アニキは金の管理に甘く、テーブルにバサっと札束を置いたままにしたり、金庫に鍵をかけ忘れることもしばしば。失敬しても気づきやしまい。店に顔を出すたび1万、2万と抜くようになって1カ月、さすがのアニキも勘ぐりだした。
「この前、ここに置いてあった金だけどよ、オマエ、知られえか?」
「さあ。どうせまた××じゃないですか。アイツ、ホストにハマって金ないんでしよ。この前もアニキの金、盗んでたし」
僕の話を聞くや、アニキは××をボコボコにした。罪悪感はかけらもなかった。そろそろ限界に近づいていた。
足を踏み入れて半年、すでにアニキヘの信頼はなくなり、仕事にも魅力を感じなくなっていた。本業である美容学校に通う時間が削られるのも痛い。しかし、どうやって切り出せばいいのか。アニキの性格からして「辞めます」と言えば、鬼のような引止め工作に遭うのがオチだ。
年も押し迫ったある日の明け方、仕事を終え、自宅に戻ってきた僕は、一呼吸置いてから、アニキの携帯に電話をかけた。
「アニキ!家に帰ったら、おふくろが倒れてたんです!オレ、どうすればいいですか、教えてくださいよ、アニキぃ!」
ウチが片親なのは、アニキもよく知っている。つまり、面倒見る人間は僕しかいないのだ。
「え!」
「バカ野郎。オマエがしっかりしなきゃダメじゃねえか!病院だ、すぐに病院連れてってやれ!いいか、救急車を呼べ。わかったな」
「…グスッ、グスッ…わかりましたあ」
迫真の演技を終え、電話を置く。驚いたことに、頬には本物の涙が伝っていた。
翌日、再びアニキに連絡、あらかじめ用意しておいたセリフをかます。母を看病しなければいけなくなったんで、仕事を辞めさせてください。
「わかった。ちゃんと面倒みてやれよ。また元気になったら、うちで働いてくれな」
「はい、今までどうもありがとうございました」
あれから3年、店はどうなったのか。アニキは元気にしてるのか。今となっては知るすべもない。それにしても、あの半年は何だったのか。怒涛のような日々が、また訪れることはあるのだろうか。現在、僕は、美容師の道をあきらめ、日給8千円の土建屋であくせくと働いている。